やまないワルツ
髪の間から覗く耳朶が妙にいやらしくて、込み上げる衝動のまま歯を立てた。
柔らかなそこを丁寧に食む。細く震えた声が、鼓膜に響いた。
きっかけが何だったか、熱に浮かされた頭では全く思い出せなかった。ただ今の状況が異質であることは理解出来ていて、それでも、止めることは無かった。
今の状況、それはつまり教室の教卓の下で彼と、河野盾と及ぶ行為のことだった。
河野は身体を小さく丸めて教卓の隙間に隠れるようにしていた。僕は彼の投げ出された足を割り開き、その間に無理やりに収まっていた。
彼の制服のズボンやら下着は膝下まで引き下げられており、彼は誰もいないとはいえ夕方の教室で下半身を露わにするという醜態をさらしていた。 僕は彼のしとどに濡れる
そこに指を這わせながら、羞恥に耐えるように引き結ばれた唇に触れる。
舌で辿って口を開かせると、水気のある音が上からも下からも聞こえ始めた。 時々堪え切れないように喘ぐ彼の耳元に、「誰か来るかもね?」と囁くと、ぞくぞくとした
感覚が湧き上がるのを感じた。彼はその度に目を瞑り、唇を噛む。その表情に、僕はただ素直に興奮していた。
「う、ぁ……ッ……」
すっかり濡れそぼった指を河野の後ろに這わせる。ゆっくりと一本含ませるようにして押し込むと、引きつるような喘ぎが彼の喉から鳴った。
我慢の効かない彼の、堪え性のなさに愛しさにも似たものを感じながら指を動かす。最初の抵抗が嘘のように、中は次第に順応し始めていた。
指を増やしながらちらちらと覗く耳朶に噛みつく。強くなる河野の匂いが、何よりも行為の現実味を訴えてくる。
「も……まて、じょう、あ……っ!」
上擦った彼の声に煽られて、僕は前を寛げ用意していたそれを被せ、彼の膝を抱えるようにして中に押し入った。途端に強烈な快感に包まれて、軽い眩暈にも似た感覚を覚える。
纏わりつく熱さに思わず身じろぐと、河野は思わぬ箇所に当たったのか細く鳴くような声を上げた。
傍から見れば酷く滑稽で、それ以前にいつ誰が来るか分からないこの場所は、とてつもない危険を秘めているというのに、僕にはまるで止めるという選択肢がなかった。
無論、ここまで来てやめられないというのもあった。しかしそれ以前に、まるで気持ちと身体のメーターが吹っ切れたように、僕は彼を求めていた。
恋ではなかった。恋焦がれているような切なさは無く、ただ焼き切れそうな感情だった。
欲と、欲ではない、まして愛である筈のない何かだけが僕を動かしていた。
河野を組み敷いたのは初めてではない。僕たちは決して恋人というものではなかった。それにもかかわらず、僕は彼を求め、彼は初めこそ抵抗するものの、最終的にはどういった形であれ僕を受け入れた。
彼の真意は分からなかったが、僕はどこか直感的に好かれているのかもしれない、と思っていた。思い上がりと言われればそれまでだが、今まで無数の好意を向けられてきた直感としか言いようがなかった。
それが友人に対するものであるにせよ、何か別のものであるにせよ、結局僕にはどうする術もなかったのだが。
物思いに耽りながらも僕は感覚的に腰をゆすっていた。河野は服の袖を噛むことで声を抑えていた。僕が気まぐれにその腕を取り払うと、存外大きな声が漏れだし、彼は殆ど泣き出しそうな目で僕を睨んだ。
謝罪の意味を込めてこれまた気まぐれに唇に触れようと身を屈ませると、不意に教室の後ろの扉が開く気配を感じた。
それは気の所為ではなく、扉は開かれ間の悪いことに何者かが入ってきた。快感に浮かされていた河野も流石に気付いたらしく、一瞬で身と表情を強張らせた。
首筋に嫌な汗を感じながら、僕はそっと教卓の陰から教室の後ろを覗いた。――漏れそうになった声を、ぐっと堪えた。
そこにいたのは、僕と河野に共通する人物。僕たちが所属する部活の顧問であり担任教師、鋼野剣その人だった。
鋼野は何か探し物をしているらしく、ごそごそと教室の後ろの棚を探っていた。僕は姿勢をゆっくりと元に戻す。固まったままの河野と目が合った。
彼は視線で問いかけていた。僕は彼の耳元に唇を近付け、小さな声で囁きかけた。
「鋼野先生だよ」
「な……あっ、ひ……ッ!?」
囁くと同時に、僕は強く腰を打ち付けた。驚きで萎えかけていたそれは忽ち硬さを取戻し、彼は思わず背を仰け反らせた。
「じょう、杖、駄目だってバレ……る、あ……ッ!」
「いいじゃない、バレても。先生だし」
笑顔でそう囁く僕に、彼は信じられないといった風に目を見開いた。教室の後ろと教卓の距離はそう離れていない。鋼野が少しでもこちらに近付けば、気付かれることは免れないだろう。
本当にそう思っていた訳ではなかった。けれどそれ以前に、この状況にどうしようもなく興奮している自分がいたのだ。
鋼野。あの教師が今この瞬間、すぐ近くに、いる。僕は極力物音を立てないようにゆっくりと腰を動かした。河野は確実に込み上げる快感と、羞恥と、それ以上の危機感に瞳を潤ませてい
た。
僕は鋼野の物音と鼻歌に神経を尖らせながら、彼の耳に息と声を吹き込む。
「ねえ、先生に聞かれそうとか考えてる?」
「……っあ、杖、やめ……!」
「興奮してるの、部長?…声、我慢出来ない?先生がいるから?」
「ちが……っ、あ、う、マズいって、杖……!」
「僕は、興奮してるっ……かな……」
鋼野がいる状況に、鋼野がいることで興奮する河野に、どちらか、もしくは両方か。いずれにせよどうでも良くて、僕は嵐のような快感を追うことだけに専念した。
激しく動かしたいのを堪えつつ、性急にと河野を追い立てていく。快楽に酔いながらも、鋼野の気配を探ることも忘れない。この妙なバランス感覚に、酷く煽られてどうしようもない。
「ん、はっ、だ、出る、出る……っ!」
「っ、……どっち?声、それともこっち?」
河野の張り詰めきったそれに触れると、彼は身を捩じらせた。僕は達さない程度に彼のそれに触れる。水音が予想以上に響いて、焦る。けれど興奮する。
「あ、出る、も、無理、うあ……っ」
「先生、いるよ?……っは……近くに……っ、部長、こんな近くに先生がいるのに、イっちゃうんだ?」
河野は汗と涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながらも、僕を締め付け、必死に喘ぎを噛み殺していた。凄まじい快感が止まらない。僕はそのまま全てを吐き出すべく、
思い切って彼の奥へと腰を打ち付けた。
「あっ、あったー!」
「――っ、あ、あっ……!」
鋼野のものに被せるようにして声を上げて達した河野に、何故か嫉妬じみたそれを感じながらも僕は、強い締め付けに抗うことなく薄い膜越しに彼の中へと欲望を吐き出していた。
脱力した感覚の中、探し物を見つけたらしい鋼野が出ていく音が聞こえた。どこまでも間が悪い。否、むしろここまで来ると狙っているのかとさえ疑いたくなる。
制服のシャツを自身のそれでべったりと濡らした河野は、整わない息で肩を弾ませていた。僕は用済みの避妊具を始末し、ティッシュで周りを清めてから教卓の下から彼を引っ張り出した。
彼はおぼつかない手つきでシャツを脱ぎ、下に来ていた薄い布地のものの上から制服を着た。風邪を引かないだろうか、とふと思うが、帰宅するまでなら大丈夫だろうと考え直す。
丸めたシャツを鞄に無理やりに入れると、河野はそのまま教室を出ていこうとした。衝動的に僕は、その腕を掴んでしまっていた。
「……っ、何?」
「何って、いや、あの……」
「バレてない、よな……?」
「え……?」
河野は消え入りそうな声でそう言った。 淡々と身支度を整え、素っ気ない態度をとってさっさと出て行こうとするくせに、やはりそこは気になるのか。
僕は微かに覗く耳が真っ赤であることを思いながら、言った。
「やっぱり興奮、した?」
「なっ……!」
河野は僕の手を振り払い、逃げるように走り去ってしまった。僕はゆっくりと息を吐き出し、教卓を振り返る。 バレてるかもね。そう言ったら彼は、どんな顔をしたのだろうか。不意にじんわりと滲む情欲を感じて、僕は思わず苦笑する。
これはあくまで恋ではない。恋ではないけれど何故だか僕は今無性に、河野盾を抱き締めたい衝動に駆られていた。