繋がりを解く

 

 春、春。
 兄が自分を呼ぶ名前には、いつだって言いようの無い思いやりがあった。
 和泉。
 くちびるだけでその名前を呼ぶ。

 何だ、春。そうやって応える声が、耳元で聞こえる。 兄の返事を聞くだけで、心が震えた。身体中の血液が、まるで沸騰したように巡る。
 その血液の中には、兄と同じ遺伝子が、たとえ半分であっても確かに流れている。 それを意識する度、心底幸福を感じて、そして絶望した。
 相反する二つの感情は、いつもどんな時でも現れ俺を支配する。 誰よりも大切な兄と同じ遺伝子が半分、自分の中に確かに在る。
 けれどそのことに、不意に泣きたくなる程絶望するのだ。
 兄弟だ。俺と、兄貴。和泉。二人だけの、兄弟。
 しあわせだ。こんなにもしあわせなのに、何故だか泣き喚きたくて堪らない。

 「和泉」
 (何だ、春)

  この心を荒らす感情を、名付けることすらゆるされない。