とめがね

 

そいつは言葉が少なく、表情もあまり変わらない。無個性で大人しい奴だった。
 いつも自分のペースを崩さず、他人の介入をあまり好まない。内向的で、落ち着いた人間。そんな印象を持っていた。けれど俺は、そんな斉木の違う一面を知っている。

 放課後、特に用事がないという斉木と連れ立って、斉木の家に行った。見慣れた家々を通り過ぎて、母親が出かけて不在の斉木家に、勝手知ったると言わんばかりに上がり込む。
 といっても別に、いつも一人で来ている訳ではない。瞬や燃堂がいる時もあるし、そもそも放課後一緒にいない時もある。
 何となく、タイミングがぶつかるような空気を感じて、俺は一人斉木の家に行く。逆に俺の部屋に招くこともあったが、どちらかというと俺が邪魔することの方が多かった。
 斉木の部屋は片付いていて、あまりものが多くない。俺は大体床に腰を下ろして、持ち込んだバイク雑誌を眺めたり、映画を流したりして過ごしていた。
 途中コンビニで見繕った飲み物や菓子をつまみながら、何をするわけでもなくだらだらと過ごす。斉木も特別俺に構うことなく、手元の本に集中している。
互いが好き勝手に過ごしながらも同じ空間にいる光景は、気安い関係にも、奇妙な関係にも見えた。
 気配を感じた。どんな、と言われると表現し辛いが、とにかくその変化をはっきりと感じ取った。
 俺が顔を上げると案の定、斉木は本から視線を上げていた。眼鏡越しの視線は俺を見ているようで、その後ろの空気を見据えているようにも思えた。
 黙ったまま表情の変わらない顔を見ていると、斉木は何も言わずに本を閉じた。ぱたん、と鳴った音がやけに大きく聞こえて、少したじろぐ。
 そのまま近付いてくるかと身構えたが、斉木の身体はその場から動くことなく、逆に腰掛けていたベッドへと倒れ込んだ。
 寝返りを打って、少し離れた机へ本を置く。役目を終えた左手が同じようにベッドへ沈むのを見届けて、俺は腰を上げた。
 斉木が寝転ぶベッドへ近付き、空いたスペースへ座る。身体を反らせて顔を覗き込むと、スプリングが僅かに軋んだ。
 間近でその顔を捉えて確信した。斉木が見ていたのはやっぱり俺だった。
 どうかしたか、と開きかけた唇が固まる。俺がつくった影の下で、斉木は一つも表情を変えないまま伸ばした指先で俺の、眼鏡を掴んで抜き取った。
 有無を言わさず、あっという間に引き抜かれたそれを、丁寧に畳む仕草から視線が逸らせな い。机に置かれることなく、ごく自然な流れでヘッドボードに上げられたその眼鏡に、馬鹿みたいに覿面に煽られた。
 肘をついて覆い被さり、片手で斉木の顔を掴む。滑らせた親指で唇を撫でてから、浅く咥えさせる。
 抵抗なくすんなりと開いた口の中に、差し出した舌を飲み込ませて擦り付ける。
 ぬるぬると触れ合う粘膜の生々しい感触に下半身へ血が集まるのを感じる。下にいる斉木へ注ぐように唾液を絡ませれば、躊躇うことなく飲み干そうと口内が動いた。
 唇を離すのと同時に含ませたままだった指を抜き取る。口から出ていくその瞬間、名残を惜しむように指の腹を吸われて、ごまかせないぐらいはっきりと息が震えた。
 最初の内はどうした、だとか、そんな探るような言葉を口にして、徐々にそういう雰囲気に沈んでいった。
 けれど今はもう、斉木の切り替わったスイッチに何かを言うこともない。同じように自分も一つ、切り替えるボタンを押すだけだった。
 体重をかけて覆い被さり、もう一度キスを繰り返しながら斉木の制服を乱す。
 シャツを脱がせて、剥き出しの乳首を引っ掻きながら舌を丁寧に舐めていく。味はしなかっ た。
 甘いものを好んで食べる斉木とするキスは結構な割合で甘ったるい味がして、最近俺が感じる甘味はもっぱら斉木から分け与えらえるものになりつつあった。
「……ん」
 身じろぐ斉木に顔を離すと、右手が机へと伸びていった。
 置いてあった目当てのものを手繰り寄せて、斉木は俺の目の前でその小袋――チョコレートの包み紙を解いて中身を口へと放り込んだ。
 唐突な行動に戸惑いを覚えたものの、すぐに先程考えていたことを思い出した。
 口には一切出していないが、おそらく甘くないと思ったことに気付かれたのだ。そういうちょっと驚くような勘の良さが斉木にはある。
 別に甘くなくたっていいんだけどな。そんなことを思いながら小さく笑うと、べろ、と舌を差し出される。緩く溶けたチョコレートと唾液が赤い舌に絡んで、滴って。甘ったるくてエロいその光景にズボンの中のそれが痛いほど反応して、こめかみがじくじく疼く。
 一つと言わずもう二つくらい切り替えるボタンを押して、斉木の顎を掴む。
 食いつくように舌を飲み込んで甘い欠片ごと舌の表面を舐め上げて擦る。甘みを求めて普段よりずっと派手に動く斉木の舌がいやらしい。頬の横に隠していた小さな欠片を舌先で押し付ければ、唇に音を立てて吸い付かれる。ああもうマジで、煽りが過ぎて馬鹿になる。
 甘い吐息を絡ませながら唇を離すと、満足そうな斉木と目が合う。よからぬ動きをする右手がまた机へと伸びようとするのを指を捕まえて制して、首筋に吸い付く。
 これ以上箍を外されたら堪らない。物足りなさげに開く斉木の唇に再度口付けながら、チョコレート缶の蓋を閉めた。