渡瀬×桐生 R-18「誰そ彼に現を抱く」 本文サンプル

 

【あらすじ】
 龍5後設定。
 永洲で暮らす桐生の元に訪れる渡瀬。
 渡桐が近付いたり離れたりする本。
 ※「郷田龍司」が名前のみ出てきます 若干のモブ描写有


 ――引き込まれる。
 目を閉じて眠りに落ちる度、強く、抗えないほど強く。
 そうしてまた目が覚める。引き上げられる。傍らにいる、男の手によって。

 近江連合直参、渡瀬組組長である渡瀬勝が新幹線に乗り、九州随一の繁華街へ降り立つのは大体が金曜の夕方だった。
 ビジネスマンや観光客、普段の平日よりずっと雑然とした駅のホームを悠々と渡瀬は歩く。
 手持ちは少なく、身軽で、目立つものといえば手にした紙袋くらいしかない。サングラス越しの瞳は鋭く、しかし剣呑な空気は無い。常日頃から無意識に研ぎ澄ませている神経が、そのまま滲み出ているようだった。
 人ごみの中を縫うように歩き、ロータリーへと出る。タクシー乗り場はそれなりに混雑していた。
 躊躇うことなく列へ並ぶ。スムースに動く列を追いかけながら腕時計に目を落とす。時刻はもうすぐ六時。
 タクシーを捕まえて順調に行けば、道の混雑具合にもよるがそれほどかからず着けるだろう。仕事を終わって戻ってくるまで数時間。お決まりのタイムスケジュール。
 渡瀬はゆっくりと辺りを見回した。 オフィスビル、商業施設に囲まれた中央に特徴的な駅前広場がある。
 緑の間を歩く人々の足はどことなく軽く、日が落ちるにつれ更なる賑わいを予期させる空気
は、繁華街に程近い場所特有の熱をはらんでいて心地良い。
 この地へ定期的に足を運ぶようになってそろそろ半年が経つ。長くはない。が決して、短くもない。

 東城会を離れ、神室町からも消えた桐生一馬という存在に、本来なら渡瀬が個人的な興味を抱くことなどなかった。
 一介のタクシードライバーに戻ったその男は、関西最大の極道組織近江連合を担って立つ渡瀬にとって先駆者、あるいは離れた所に佇む少し変わった隣人といったそれだった。敵と呼ぶには薄く、旧友と呼ぶには苦い。
 そんな微妙な距離にいた男を引き寄せた理由はおそらく、男が持つ絶対的な孤独感だ。
 慕われ、崇められ、時には本人も予期せぬ所で揺るぎないシンボルとして扱われる「堂島の
龍」
 流された血を踏み越え数多の傷をつくる龍の身の奥深く、窺い知れぬ場所に眠る孤独。
 先の一件で顔を合わせその片鱗を感じ取った渡瀬は、永洲で一人生きようとする背中へ向かって己の何かを残そうとした。
 拳を交えて派手な喧嘩が出来るならそれでもよかった。しかしその道が断たれた以上、宙に浮いた執着と垣間見えてしまった痛みだけが残った。それらはやがて混じり合い一つに溶け、受容へと変わる。
 こまめに、しかし邪魔にならない程度に渡瀬は桐生の住むアパートへ立ち寄った。組織の再編に忙殺される中時間をつくり、先に電話を入れてから、ひとときのんびりと新幹線に揺られる。所用で永州に寄るついでに、挨拶を――
 一番初めに口にした理由は、どう言い繕っても、もっともらしい建て前でしかなかった。
 訪問を重ね、建前どころか理由すらも曖昧になっても、桐生は邪険にはしなかった。渡瀬の来訪など騒ぎ立てることではない、
 そう淀みなく受け流していた桐生の姿勢だったが、それも次第に瓦解していく。
 何事にも揺らがせることないと張り詰めた心を凪いでいく言葉、姿。行き場を失った執着をなぞるように、渡瀬は気取らない己のまま、一人の男として桐生に接した。
 手土産の酒をむしろ会話の肴にぽつぽつと、他愛ない話をする。
 蒼天堀であったこと、半グレ連中をのして荒らし回っていたのがまだ高校生のガキで、そのなかなかの肝の座り具合に驚いたこと。
 反対に桐生も少しずつ話をする。酔っぱらいの客が降りる際に躓き、助け起こそうとしたところで彼の女房だと間違われ首にすがり付かれたこと。マサミ捨てないでくれと号泣されて、その男女どちらとも取れるまぎらわしい名前に回りの視線が一心に突き刺さるのを感じたこと。 渡瀬はグラスを傾けながらその話に笑い、ええ話のネタができましたなと言って肩を叩いた。
 それは何気ない、自然に出た行為だったが、触れた手は異様に熱かった。桐生にも伝わったのか、戸惑ったような瞳が向けられる。
 二秒ほど交わしあった視線の間には、同調とも、畏怖とも取れる奇妙に粘ついた空気が漂っていた。
 それから何かが変わった。はっきりと、何かが。

 <中略>

 暫く黙ったまま酒を酌み交わしていた。
 部屋着に着替えた桐生に合わせて、渡瀬も以前買い置いた緩い服へと着替える。そうして並んだまま渡瀬の持ってきた酒を開ける。
 尖りなく滑り落ちていく上質な美酒に、桐生は満足げに嘆息して、唇を濡らしている。
 煙草に火をつけ、立ち上っていく煙を目で追いながら渡瀬は口を開いた。吹き込んだ風が煙をかき混ぜていく。
 匂いには秋の気配が漂っていた。
「ええ酒でしょう」
「ああ、美味いな」
「そらよかった。――せやから、あんまり飲みすぎんといてください」
 首を傾げる桐生に、渡瀬は身体を寄せてその手の中のグラスの上に蓋をする素振りをしてみせた。
 瞳に滲んだ戸惑いを見てとって、つけたばかりの煙草を灰皿へと押し付ける。近付いた距離のまま視線を重ねる。
 顔を出した違和感に、桐生は静かにグラスを置いた。
「酔いの所為には出来へんでしょう、お互いに」
 渡瀬の言葉をきっかけに蘇る、生温い空気。湿った夜風につられて気温は下がり、肌に心地好いにもかかわらず、この部屋だけが締め付ける沈黙に満ちていた。
「俺はお前に……何をすればいいんだ」
「何も。――いや、もしアンタに少しでもその気があるなら、このまま応じてくれたらええ」
「……その気?」
「ワシにアンタの全部、さらす気があるなら」
 桐生は動かなかった。指先ひとつ動かさずに、渡瀬を見ている。
 数秒、いや数分、その姿を見届けて、渡瀬は手を伸ばした。
 張られた肩に手を触れて力を込める。桐生はつられるように後ずさり、後ろ手をつく。
 そのまま乗り上げる形で身体を近付けて、フローリングへと押し倒した。机の上の酒が、グラスの中で静かに波打つ。
「渡瀬、俺は―」
 言いかけた言葉ごとすくうように、晒された首へと歯を立てた。
 喉元がひくりと戦慄いて、肌に刺さる感触をいなそうともがいている。渡瀬はその様を愛おしみ、床に押し付けた手首を掴んだ。
 拘束ではない、その腕で抱きたいのだと伝えるべく、柔らかく指の腹で撫で擦る。
「隠さんでええ。全部出してください。ワシもアンタに渡したいもんがあるんです。酒やない、もっと厄介なもんが」
 固く握り込まれていた桐生の掌から、徐々に力が抜けていく。手首を離し、渡瀬は開かれた桐生の掌に己のそれを重ねた。
 触れた肌はどちらも熱く、飢えるようにかさついていた。

 固い床の上で進めるのも躊躇われて、ベッドへと場所を変えていた。
 屈強な男二人を支えるスチールパイプは、時折耳障りな音を立てるものの、まだ無事だった。
 もつれ合い、殴り合うような姿勢で四肢を絡める。剥ぎ取った衣服を蹴落とし、剥かれ、浮き始める汗に滑りながら唇を重ねる。
 何故か血の臭いを感じて渡瀬はとっさに顔を上げるが、そこには息を荒げた男がいるだけだった。
「……っ、は……!」
 露わになった胸に舌を這わせて、緩く噛みつく。鍛え上げられた胸筋は、女のまろい肌のように柔らかい弾力を返すことはない。
 しかしそのしなやかな筋肉にも痕は残る。歯形を残し、絡み付く。甘い雰囲気というよりも、貪りぶつけ合うような行為だった。

 <以下抜粋>

 軋む骨の痛みで目を覚まし、渡瀬はゆっくりと身体を起こした。
 凭れ掛けていた身体は床へと転がり、固い板張りによって節々が悲鳴を上げていた。昨夜からずっと、どうにもフローリングと縁があるらしい。
 首に引っ掛かるタオルを外して、カーテン越しに漏れ出す朝の光に目を眇める。
 トイレから聞こえてきた水の音に、何故か渡瀬は不快な胸の高鳴りを覚えた。
「起きたか」
 振り返った先の桐生は、特別普段と変わらないように見えた。むしろ渡瀬の方が違和感を滲ませていたらしく、桐生の鋭い瞳が様子を気遣うように和らぐ。とっさに何かを言いかけて、渡瀬はそれを無理矢理押し留めた。
 見下ろしてくる視線と、昨夜の光景が重なる。しかしその目に熱はなく戸惑いもない。
 あるのはただ穏やかな労わりだけで、それが妙に物悲しくて箍が外れた。
「アンタ昨夜、何を見てたんです。桐生はん」
 桐生は僅かに眉を顰める。誤魔化している訳ではない。渡瀬の言わんとしていることを量りかねて戸惑っている。
 渡瀬はその顔から一時も目を離すことなく問いかけた。
「アンタが昨夜呼んどったのは、ワシやないでしょう」
「何を――」
 言っているんだ。
 その先の言葉は、重なった渡瀬の声によってかき消える。

 「ワシは、龍やない」