たからばこ

 

 (ママが言ってた。だいじなものは大切にしないとだめだって。誰かにとられたり、なくしたりしたくないものは、ちゃんと大切にしないとだめなのよって)

た か ら ば こ

 何だかとても気持ちがよかった。ふわふわあったかくて、やわらかくて。 ずっとこうしてたいなと思ったけど、何となく、それはいけないような気がしてた。
 「……まま?」
 ゆっくり、目を開けて起き上がると、そこは僕のお家じゃなかった。ここはどこだろうときょろきょろする。
 すると膝から柔らかい毛布が落ちて、やっと僕は、寝てしまっていたことに気が付いたんだ。
 落ちてしまった毛布を拾って、僕は座っているソファに置いた。部屋の中はしんとしていて、目の前のテレビも真っ暗だった。
 ――テレビ。ぼーっと画面を見ていると、何かを思い出した気がする。僕はもう一度周りを見た。すると僕のすぐそばに、ブルーレイのケースが置いてあった。
「サイダ ー、マン2号」
 僕の大好きなサイダーマン2号が、かっこいいポーズで笑っていた。そうだ、僕はこれを持って遊びにきていたんだ。 大好きな、サイダーマン2号のお家に。
「お兄ちゃん……おにいちゃん?」
 僕は小さな声で呼んでみた。二回目は、もう少し大きめの声で。 だけど返事はなかった。窓の外で小鳥が鳴いているほかはずっと、静かなままだった。
 僕はすこし、ほんのすこしだけ、さみしくなってしまった。もう一度呼ぶ。三回目は、いつもの声と同じくらいの大きさ。 四回目に呼ぼうとした時、誰かが僕を呼んだ気がした。お兄ちゃんかな?そう思って振り向くけど、誰もいない。 だけど僕はまだ呼ばれてる気がしてた。
 それが何かこわいものだったらどうしようと思いながら、僕はなるべく静かに、部屋を出た。 廊下は明るかったけど、一人ぼっちだと何となくこころぼそい。サイダーマン2号のお家だとしても、やっぱりちょっとだけ、不安なんだ。
 僕はゆっくり歩く。お兄ちゃんはこっちにいるのかな。――いなかったら、誰もいなかった
ら、どうしよう。そんなことを、廊下を見つめながら考える。
 何で寝ちゃったんだろう。僕が寝ちゃったからお兄ちゃん、たいくつだったのかな。それと
も、わるいやつを倒しに行ってるのかな。
 ぐるぐるぐるぐる、いろんなことを考えるけど、中身は全部、お兄ちゃんのことだった。 僕は一人ぼっちでいることより、お兄ちゃんがいなくなることの方がずっと、こわいんだ。
 顔を上げると、 僕はいつの間にか、トイレの前に立っていた。 僕はそのドアに近づくと、そーっとノックをした。
 お兄ちゃんがいますように、思いながら、呼んでみる。
「お兄ちゃん、いるの……?」
 僕の声に、ドアから小さくノックが返ってきた。お兄ちゃんがいる! よかった、お兄ちゃんはここにいたんだ。 僕はほっとして、そこに座ってしまいそうになった。
 お兄ちゃんはいなくなってない、僕を置いて、どこかにいったりしてないんだ。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ぼく、寝ちゃって……」
 ドアに向かって謝ると、すぐにノックの音がする。何となく、べつにいいよって意味のような気がして、僕はうれしくて笑ってしまった。
 もっといろいろ話したかったけど、トイレの中にいる人に話しかけるのって、すごく失礼だって気が付いて、黙って待ってることにした。
 僕はドアの前でお兄ちゃんを待つ。まだかなまだかな、もうこわいことなんてないんだ。だってお兄ちゃんがいる。ここには僕と、お兄ちゃんがいるから。
 ――ほんとうに?
 なぜか、胸がどきっとした。お兄ちゃんはここにいるのに、どうしてだか分からない。
 そうだ、お兄ちゃんが戻ったら、サイダーマン2号をまた見よう。本物のサイダーマン2号のお兄ちゃんと一緒に、ふたりで。
 ――でも、いつまで?
 いつまで? ざわざわ、からだが落ち着かない。いつまで、って何だろう。お兄ちゃんはずっとここにいるのに。 僕が遊びに来たらお家を開けてくれて、お部屋に入れてくれて――
 ――またどこかにいっちゃったら?
 ――黙ったままいなくなって
 ――今度は戻ってこないかも
 嫌などきどきが止まらない。いなくなったら? 戻ってこない? そんなこと、考えたくないのに。 僕はドアをじっと見た。動いてるような音が聞こえているから、
 お兄ちゃんはもうすぐ出てくるはずだ。ドアにそっと近づいて、手で触る。 カギが開く音がする。僕は思わず、背中をドアにくっつけていた。
 ぴったり合わせて、立ったまま。お兄ちゃんが、ドアを押す。
「おにい、ちゃん」
 早くどかなきゃって思ってるのに、足が動かない。こんなことして、お兄ちゃんに怒られる。分かってるのに。
「僕ね、あの、ぼく……」
 どいてあげないなら、何か言わなくちゃいけない。いなくなってほしくないこと、お兄ちゃんがだいじなこと、毛布がうれしかったこと、いっぱいあるのに。
 お兄ちゃんは何も言わない。ノックもくれない。怒ってるのかな、怒ってるよね。怒らせたいわけじゃないんだ、でも。
「あのね、ママがね、言ってた。だいじなものは、ちゃんとたいせつにしなさいって。たいせつに――」
 とられたり、なくしたりしたくないから。
「たいせつに、たからばこの中に、しまっておきなさいって」
 きらわれたく、ないよ。
 お兄ちゃんは出て来られない。僕が、ドアをふさいでいるから。僕が、閉じ込めたから。 ――違う、本当は分かってた。僕がいたってお兄ちゃんの力なら、ドアなんてカンタンに開けられる。 お兄ちゃんは出て来られないんじゃなくて、出ないんだ。僕が傷ついたりしないように。 毛布をかけて、テレビを消して、僕が忘れないように、すぐそばに持ってきたものを置いておいてくれるお兄ちゃん。 そんなやさしい人が僕を、押しのけたりするわけがないって。
 黙ったまま、ドアの前で待ち続けてるお兄ちゃんを想像する。 僕はすごく苦しくなって、ぱっとドアから離れた。ドアが、小さく開く。
「お兄ちゃん、ごめんなさ――」
 僕が言い終わる前に、お兄ちゃんは出てきた。お兄ちゃんはいつもと変わらない顔で、僕を見ている。 お兄ちゃんは僕に近づくと、黙ったまま僕の手をとった。
 僕はびっくりしてお兄ちゃんを見上げる。お兄ちゃんも僕を見てくれて、やっぱりいつもと同じ顔をしていた。だけど何となく、どうしたらいいか分からないって、思ってるような気がしてた。
「ごめんなさい。僕、わがままだった」
 ちゃんと目を見て、僕は謝る。ママよりすこし力の強い、お兄ちゃんが僕の手を握る。 僕はわがままで、まちがってた。だってお兄ちゃんはものじゃない。
 つないでいるその手は、人だからあったかくて、うれしいんだ。たいせつだからって、しまったらいいわけじゃないんだ。
 お兄ちゃんは何も言わないで、僕の手を引いた。僕に合わせて、ゆっくり歩いてくれるお兄ちゃんを追いかける。 先のことは、今のぼくにはわからない。だけどいつか僕が大きくなった時、だいじな人を、世界で一番たいせつにできる人になっていたい。 だからぼくはだいじな人の背中に、約束する。いつまでも、こころから、たいせつにするんだって。