沈むアイリス

 

「泣き顔も男前じゃの」
 真上から降ってきた声は、今一番聞きたくて、けれど聞きたくない声だった。
「……褒めても何も出ませんよ」
「本心で言うとるんよ。本当やったら綺麗言いたかったけどのう」
「言ったらぶっ飛ばします」
「おお、怖。紳士にあるまじき言動じゃ」
 男はそのまま柳生の隣に立って、誰もいないテニスコートを見ていた。
 絶え間なく流れる涙を止めたいと思うのに、なかなか叶わず情けなくなる。思わず強引に目元を拭おうとすると、男に、仁王に手を掴まれた。
「痕つく。止めんしゃい」
 しゃがみ込んだ仁王に覗き込まれ、咄嗟に顔を背けた。赤く腫れた目元に涙が伝って痛い。
 仁王は、何も言わずに掴んだ手首を外して、そのまま柳生の手のひらを握り締めた。
「次は、」
 低く、けれどよく通る声が言う。
「次は、絶対負けん。おまえも、俺も。俺がおまえを勝たせちゃる」
「……ダブルス、は」
「分かっとるよ。二人でやるもんじゃ。だからおまえも、俺を勝たせてくれ」
 そしたら、絶対負けんよ。
 言いたいことも、言いたくないこともたくさんあった筈なのに、彼のその言葉だけで、すべて意味を為さなくなってしまう。
「ここまでが、ダブルスパートナーの言い分」
 そう言って、仁王は柳生の肩に顔を押し付けた。
 ここからは、「おまえに」
 こぼされたその声は、酷く、聞き取りにくかった。
「頼むから、ひとりで泣かんで」
 震える指で、仁王の服を掴んだ。止まりかけていた涙が、また、堰を切って溢れてくる。
 名前を呼びたいのに、それすら叶わない。ただ悔しくて、ただ。
「比呂士」

 縋りついて、泣いた。