四宮×創真 R-18「四宮小次郎に捧げるマルディグラ」 本文サンプル

 

【あらすじ】
スタジエール偏に絡めた四創のなれそめ。
戸惑う四宮と追いかける創真。
過去捏造・ノベライズ第三段までのエピソード等含む。


 向かい合った女性の唇が剣呑に歪むのを、四宮小次郎はどこか他人事のように眺めていた。
 一つ年下のそのフランス人と知り合ってひと月、ブルターニュからやってきたという彼女は、訛りの薄い綺麗な言葉で、四宮の不逞な行いを詰った。
 理路整然と並べ立てられる文句には反論の余地などまるで無い。愛が感じられない、最後にはそう結んで、彼女は席を立った。
 テーブルには、薄く焼き上げられたガレットが残されている。この店ではなかったが、最初に彼女と出会ったのもクレープリーだった。
 切り分けたそれを頬張る姿がどうにも子供っぽくてつい目を引かれた。後から年が一つしか変わらないと聞いて呆気にとられたものだった。
 ――ブルターニュ。クレープの祖であるガレット発祥の地。
 デザートを待たずして出て行った彼女は、その甘い誘惑をまた別の場所で満たすそうとするのだろう。一人か、いやもしくは誰か、違う男と。
 四宮は嘆息し、皿の上を見つめた。結局また緩めることは出来なかった。常に気を張っていては色気を失う。そう思って誘いを受けたが、なかなかどうして、長くは続かないらしい。
 近付いてきた男がデザートを運んでくる。バターと砂糖だけのシンプルな香りが、鼻孔をくすぐる。丁寧な手つきでそれを切り分け口へと運ぶ。敏感な舌先が、たちまち四宮の料理人としての気質を呼び戻す。
 彼女が顔を綻ばせていた甘さも、今の四宮にとっては自身の感覚を刺激する要素に過ぎない。
 寂しさはなかった。パリへ来たのは元々、自らの店の為だ。いちいち落胆していては話にならない。
 クレープを食べ終わり、四宮は席を立つ。ヌテラをたっぷりと塗りつけ、恍惚とした表情でそれを噛み締める子供の隣を擦り抜け、店を出る。
 舌を溶かす甘みを確かに感じていたが、それに身を委ねる術を四宮は持ち合わせていなかっ
た。つまるところそれは、愛情と同じなのかもしれない。
 上り詰めようとする生活の中で、生来得意でなかった、身の内を曝け出すことにより強い警戒心を抱くようになっていた。
 器用に積み重ねた矜持の内には、幼き日から続く不器用な男の本質が眠っている。いつ如何なる時も、誰であっても、呼び覚ますことの出来ない心。
 感傷を振り払うように四宮は足を早め、異国の地をしっかりと踏み締めようとした。
 しかしその前に――目が覚めた。

 緩やかな日の光が瞼を暖める。四宮はその眩しさに目を細め、それから飛び起きるようにして身を起こした。
 混乱した頭が、徐々に状況を理解し始める。今は昼、そしてここは――日本。
  帰国してからすぐに店舗の確認、その他細々とした要務を全て一人でこなしてきて、流石に疲れがきていた。休憩だけ、と椅子に腰掛けてきっかり十分。寝過ごしてはいないが、存外深い眠りについていたらしい。 立ち上がった四宮は関節を伸ばし、再度時計を見た。
 そろそろ買い出しを済ませたスタッフが戻ってくる頃だろう。窓から吹き込んできた柔い風が、机に広げられた記事を捲る。
 ――ついに東京出店、レギュムの魔術師の真価とは――! 
 風と踊る華やかな見出しを眺めて、四宮はもう一度気を引き締めるように拳を握り込む。
 自らの出自と向き合い、新たなステップへと踏み出す為、一時フランスを離れ、東京へ支店を設けることにした。四宮の決定に、周囲は戸惑いの目を向けた。
 考え直した方がいい、今は早計だ、引き留められこそすれ、大手を振って見送る声は少なかった。 しかし四宮に迷いは無い。パリに設けた自分の店で、三ツ星を獲る。
 その為には原点――遠月茶寮という日本屈指の学び舎で、頂点を極めてきた男の根幹。そこに立ち返ることこそが、最良の道だと考えていた。
 遠月茶寮料理學園、四宮は反射的に、つい最近その母校と関わった過去を思い返していた。思えばあの時、停滞を覚えていた四宮に刺激を与えたのも件の出来事だった。
 改めてその影響力の大きさを噛み締める。得た実績だけに縋っていた訳ではないが、それでも遠月で学び、時に食戟という形で互いを高め合ったという経験と共に、學園の存在は常に背後に存在しているのだ。
 一際強い風が吹き、四宮は散らばりそうになる資料を咄嗟に押さえた。その隣に置いてあった携帯電話が鳴る。
  ペーパーウェイトを引き寄せ記事を留めてから電話を取る。

 <中略>

 硬質な声と、その奥に潜む権威が、四宮の予想通りだったと告げている。
 唐突に電話をかけてきたその男、堂島銀に、四宮は反射的に込み上げてきた文句をやっとのことで飲み込んだ。
「調子はどうだ、四宮」
「ええ、おかげさまで。光栄にもスタジエールの受け入れに選んでいただきましてね。プレオープンの忙しい時期に、ご親切痛み入りますよ」
「それは結構。評判も上々らしいじゃないか」
 山ほど込めた皮肉も一切意に介さず、堂島は機嫌良く返してみせる。
 例の合宿の際、四宮が口を滑らせたことをこれ見よがしに切り札として使ってくるような男
だ。多少の嫌味など気にも留めないだろう。
 四宮はカウンターに身を預け、立ったままグラスに口をつけて堂島の意図を探る。
「それで? 何の御用ですか」
「いや、特に用は無い。様子を伺おうと思っただけだ」
「それなら教務部の人間に聞いたらどうです」
「俺は別に審査をする訳ではないからな。ただの雑談だ。それに――」
 堂島は何か意味を含ませるように言葉を切った。それに続く内容に思い至りながらも、四宮は素知らぬ顔でその先を待つ。
「幸平創真か。どうだ? あの時と比べて」
「……どうもこうも無いですよ。まださっぱり使い物にならねえ」
「なるほど、『まだ』か」
 つい口をついて出た言葉を目ざとくも拾われ、四宮は己の愚に舌を打ちたい気分だった。
 ――アドバイスは無いのか。何だかんだ創真の様子を気にしているスタッフに問われても、四宮は答えなかった。
 あくまで胸を貸しているだけで、そこからどう学ぶかは学生次第だ。最低限のラインに至らなければ落とす。こちらから与えるのは制約のみだ。
 そんな至極真っ当かつドライな思考の裏で、実の所確信していた。創真が、自らに反抗し挑みかかった男が、乗り越えられない訳がないと。
 しかしそれを言葉にする気は全く無かった。スタッフ、周りの人間、そして何より創真自身
に、買っていることを知られたくなかったのだ。
 迂闊にもその片鱗を今口にしてしまった。何と煙に巻こうか四宮が考えている傍から、堂島の唐突な言葉が飛んでくる。

 <以下抜粋>

 撤回が必要だった。やはり侮れない相手だ。
 思ったままを口にしてしまった四宮に、創真はしてやったりと嬉しそうに微笑んでいる。
 込み上げてくる居た堪れなさを押し込めて、四宮は眼鏡を受け取り、ヘッドボードへと置い
た。受け入れ、受け入れさせると決めたのだから、いつまでも肩肘を張っていても仕方がない。
「もっとしろ」
 出来た隙間を埋めるように身体を抱き寄せ、唇を触れ合わせて囁く。創真の目の奥にはちらちらと熱が揺らいでいる。
 尊大な誘いを拒むことなくもう一度、創真は唇を押し付けてくる。すぐに離れていこうとする顔を強く引き戻し、四宮は「もっと」と押し殺した声で窘めた。
 軽く触れては離れ、その度に低い声で繰り返す。
 滴るような先程のそれとは違い、子供だましの触れ合いだったが、創真の手は耐え忍ぶように四宮のシャツを掴んでいた。
「……んっ……」
 ふやけた声がこぼれ落ちる。フットライトが消え、闇が濃くなった部屋に、吐息があまく広がっていく。
 突き出した舌で唇のあわいをそっと探ると、創真の肩がびくりと動いた。つい今しがた覚えさせられた刺激を求めて、あっさりと口が開かれる。
 この順応性はなかなかに罪深いかもしれない。そんな思ってもいないことに意識を向けなが
ら、四宮は唇を離す。中途半端に放り出された創真と視線がぶつかった。
「辛そうだな」
「な、んか……力入んねえ」
「変な感じか?」
 創真は小さく首を横に振る。溜まった息を細く吐き出す様は、一人前に独特の色気を含んでいた。
 瞼にかかる髪を払い除けてやってから、四宮は身体を起こし、横たわる創真に圧し掛かった。
 閉め切ったカーテンに目を向け、放心していた創真が焦ったように身体を捩る。仰向けの状態の方がむしろ色々と容易いのだが、そこに頭を回せるほどの余裕は最早残されていない。
 四宮はヘッドボードのライトをつけながら、身構える創真の髪に柔らかく触れる。
「そう無茶はしねえから安心しろ」