斉木楠雄のΨ難再録集 cycle
書き下ろし 窪谷須×斉木 「結婚するとは言ってない」 本文サンプル

 

 そもそもできる筈がないのだが。
 冗談だとも思えない、真剣な顔で言うその男に、僕はただそう思うしかなかった。
 僕の部屋で向き合ったその男、窪谷須は何故か言われた僕よりもぽかんとした顔をしていた。
その表情にやはり茶化して言っている訳ではなかったのだと思い知る。もっとも、言葉として口に出される前に理解はしていた。
「……何か俺、変なこと言ったか?」
 変というか、物理的に不可能なことは言っている。
 現状相手が言うような関係になることは難しく、そもそもそれ以前にあまりに脈絡の無い発言だった。
 そういった諸々の思いを込めて何と答えたものかと迷っていると、窪谷須は髪を掻き乱してもどかしそうに口を開いた。
「ああ、悪い。いきなり何だよ、って話だな」
 ――脈絡が無いとは思ったがもちろんそれが主たる理由ではない。筋道を立てて話されたところで僕の反応は変わらなかっただろう。
 言い淀む僕に向き直った窪谷須の、例の真剣な視線がまた突き刺さる。
「ずっと考えてたんだよ。いつかは言わねえとなって……やっぱり半端は許せねえしな。だから何つーか……唐突だけど勢いじゃねえっつーか……俺はお前と、その」
 け、と言葉が続く前に、僕は首を横に振って遮った。やはり僕の拡大解釈などではなく、窪谷須は先程と同じ結論に達しようとしていた。
 どうしたものかと悩む僕と、拒絶とも取れる僕の反応に戸惑う窪谷須の、困惑した二つの視線が交差する。
 先に口を開いたのはやはり窪谷須で、僕は一向に考えがまとまらないまま目の前の男を見た。
「……出来ない、ってことか?」
 出来る出来ないの話ならば不可能だろう。厳密に言えば他にも道があることにはあるが、現時点での学生という立場も含めて難しいといえた。
 ただそのまま肯定してしまうと間違いなく誤解を与えるだろうから躊躇ってしまう。そんな僕の躊躇いをあっさり見透かした窪谷須は、出来た間を埋めるように問いかけてきた。
「でも俺のことは好きだと思ってるんだよな?」
 ――恥ずかしいことを真顔で確認する男だな。