四宮×創真 R-18「ルールとマナー」 本文サンプル

 

◇風呂に入る話+弱みを見せない四宮の話 の二本

1.

 食事にマナー、料理に手順があるように、たとえば恋愛というものについても、ルールやしきたりが存在するのだろうか。
「……あ?」
 何気ない口調に、真剣な瞳。向けられるその顔と飛び出した疑問に、四宮は咄嗟に気の抜けた返事をしていた。
「いやだから、こうするべきとかあるのかなって」
 まるでそれがごく自然な疑問であるかのように、同じソファに腰掛けた創真はそう問いかけてきた。
 あまりにあっけらかんと真正面から問いかけられて言葉に詰まる。相手の性格上カマをかけているとは言い難い―が、まるきりそうでないと言い切れないしたたかな一面が、この男にはあった。
 だから四宮は暫し押し黙り、見上げてくる顔を見つめ返した。
 突き刺さる視線に表裏はなく、本当に疑問としてぶつけられているのだと伺い知る。だからといって、即答できるかといえば否だ。
 ゆったりとソファに背を預け、クッションが弾む音に紛れて、四宮は溜まった息を吐き出し
た。久しぶりに訪れた日本の住まいは変わらず整えられている。
 生活の中心はパリにある。だからこの部屋に人が足を踏み入れることは少なく、家主である四宮自身、多忙な時などは休みに帰るだけといった状況にもなりつつあった。
 そんな一室に夜、わざわざ他人を招き入れる理由。
 相手が後輩で並々ならぬ因縁があるという前提を並べたとしても、四宮がいかにその相手を特別視しているか、それだけではっきりと明言されているようなものだった。もっとも、そんな前提など不要な所で話は進んでいる。
 創真が口にした通り、今互いの間に横たわっているのは紛れもなく恋愛関係のそれだ。
 そうなれば話はもっとシンプルかつ率直で、そういう相手を夜呼び立てた意図などそれなりに限られているのだが、全くもって不本意なことにそれは伝わっていないらしい。
 投げ出すようにソファの背へもたれ掛かる四宮を、創真が伺っている。
 ここまでお膳立てさせて、言うに事欠いてルールだしきたりだ?
 料理についての新しい知識を吸収するかの如く、熱心に向き合おうとする姿勢は好ましいが、それはもういい。
 自分にとって好ましい存在なのは嫌というほど分かりきっている。
 テーブルに置かれた空のグラスを見つめながら四宮は答えを考える。
 部屋の明かりをきらりと反射する眩いグラスには水しか入れていなかった。
 酒を飲む気になれなかったのが年甲斐のない躊躇か動揺かも判断がつかない。それだというのに!
「お前な……」
 下らないことを、と顔を見て吐き捨てかけて、見つめてくる創真の制服姿に目が留まった。
 予め用意をして寮を出るように伝えて、授業が終わったその足で部屋に向かわせて捕まえていた。
 着慣れた学生服に身を包んだ創真は、厨房で立つ姿よりずっと年相応の空気を纏っている。
 相手が自分よりずっと年下であることを、四宮は改めて思い出していた。言うなれば恋愛経験どころか人生経験だってまだまだ積み上げ途中だ。
 そんな相手に、自分のスピードで考えろというのは無茶な話かもしれない。一人の料理人としてどれだけ聡く頭が回ろうが、それとこれではイコールに繋がらない。
 四宮は身体を起こすと、隣に座る創真を見た。拳一つ分程空けた程近い距離で視線が交わる。
 その気になればそれこそ何とでも出来そうな近さにいながら、四宮は結局何もすることなく首を横に振った。
「……んなもん、気にしてんじゃねえよ。お前がやりたいようにやればいい」
「え? や、でもそれだと四宮先輩は……」
「俺も自由にするってことだ。当然だろうが、お前にばっかり好きなようにさせて堪るか」
 生意気なんだよガキの分際で。
 そう、嫌味と愛情を等しく込めて言ってやると、創真の目が面白がるように見開かれた。瞳の奥に、抑えられない好奇心がちらちらと覗いている。
 仕方ない、飽くなきその探求心に免じて、今回ばかりは甘んじて様子をみてやろう――四宮がそんな不遜極まりない考えに浸っている時だった。
 壁に設えられたパネルから電子音が鳴り響く。
 浴槽に湯が張られたことを知らせるアラームに、四宮は腰を浮かせて立ち上がった。
「先入るか?」
「いや、お先にどうぞっす」
 首を振る創真に頷いて、四宮は浴室へ足を向けた。
 シャワーだけで済ませても良かったが、たまにはそれなりに広い湯船に浸かるのも良いと思い立ち、わざわざ湯を張っていた。ジャグジーを使って疲労が蓄積された身体を労るのも悪くな
い。
 そのままリビングから出ていこうとする四宮を、不意に創真が呼び止めた。
 振り返った先の創真は何故かその場に立ち上がっていて、何となく不穏な空気を感じ取りながらも言葉を待つ。
「じゃあ俺、背中流しましょうか!」
「……あ?」
 二度目の返事は、更に気の抜けたものになった。

 <中略>

 ぴたりと四宮の指が止まる。焦れて燻りきった感情を深い溜息に変えて、四宮は勢いよく上半身を起こした。
 跳ねた飛沫が顔を濡らし、ちょうど水が入ったのか、驚いた創真が目を押さえながら身体を引く。
 その隙にバスタブから出た四宮は、創真に構うことなく掛けていたタオルで身体の水気を軽く拭った。
「何すかいきなり!」
「やりたいようにやらせたんだ。今度はこっちの番じゃねえと不公平だろうが」
「いやでも、先輩だって喜んでたじゃないっすか」
「……そういう紛らわしい言い方が出来るなら話は早いかもな」
 この状況で、それこそ他人が聞いたら誤解しかねないような物言いだ。
 しかし四宮はあえてそれに言い立てることはせず、椅子の上に座る創真の背後に回り込んだ。
 何事かと身を捩らせる創真に腰を上げさせて、椅子を引き抜いて傍らに押し退ける。そのまま裸の腰を掴んで、目の前に床に直接座らせた。
 膝を抱えるようにして座る創真の後ろで胡坐をかき、四宮は創真が引き寄せていたボディソープのボトルを指差した。
「お前まだ髪しか洗ってねえだろ。貸せよ」
 振り返った創真は、突然思い立ったようなその挙動に構えながらも、淡いベージュのボトルを取って四宮に手渡した。
 知り合いのつてで手に入れたそれは、無香料かつきめ細やかな泡が立つことで評判だった。
 四宮はボトルを何度か押して液体を手に取ると、フェイスタオルを使うことなく自らの掌に塗り付けた。
 様子を伺っていた創真が身じろぐ。 じわじわと距離を置こうとするのを遮って腕を回し、背中を抱き寄せた。
 露になった肌が初めて直に触れ合う。
 裸の胸に創真の背中がぴたりと張り付いて、その絶妙な収まり具合に四宮は少し戸惑った。
 力を入れて抱き込むようにして引き寄せ、ボディソープでぬるついた掌を腹部に触れさせる。びくり、と創真の肩が跳ねたのが分かった。
「なん、すかこれ……」
「自分で考えろ」
「いや、分かってるんすけどこんな……っ」
 言いかけた口は、四宮が耳に唇を寄せたことで遮られた。
 振り返ろうとする頭を前に向かせるべく、鼻先でぐいぐいと押しやってやる。湿った耳朶に噛み付くことなく唇で挟んで愛撫しながら、腹に触れさせた手を少しずつ動かしていく。
 濡れた身体で擦られて徐々に泡立った掌は、引っ掛かることなくするすると肌を滑り始めた。脇腹を掠め、泡を纏った指先が上っていく。
 大きく広げた掌は胸を撫で、控えめに存在を主張する乳首を指先が引っ掻いた。
「っ、う、ん……」
 はっきりとした快感にはまだ遠いが、いやらしく這い回る手は欲情を余すことなく伝えて引き出しつつあった。耳朶から口を離し、腹の底に堪った熱と共に息を吹き掛ける。途端にぞくりと背筋を震わせて、創真は軽く仰け反って四宮に体重をかけた。
「やばいのはむしろお前か」
「あっ、う、わ……っ!」
 呟く声と共にまた耳朶を食む。
 一際大きく洩れ出た声に創真が自制を試みる間もなく、泡にまみれた手が這い回る。ぷくりと突き出た乳首を引っ掛け、つまみ上げる右手とは別に、左手は二の腕を掴み、腕を辿ってまた手の甲を捕まえた。
 滑りを増した指先で指の間を何度も撫でられ、くすぐったさを越える淫靡な感覚が末端から攻め入ってくる。


2.

 どんよりと重い空の下で、四宮は帰国手続きを済ませて足早にタクシー乗り場へと向かっていた。
 久しぶりに降り立った日本の空は生憎の天気で、タクシーに乗り込む頃には結局降り出してしまった。昼過ぎだというのに辺りは薄暗く、何とも幸先の悪い出だしだ。
 走り出した車がスピードを上げるにつれて、雨粒が窓ガラスを叩く勢いも増していく。
 エアコンの吹き出し口から流れる暖かい湿った空気を受けながら、四宮は手元のスマートフォンに視線を落とした。
 荷物を置きに一度自室へ寄ってからは予定が詰まっている。東京店に向かい、そこで来客が訪れるのを待つ。
 パリ在住の若き天才、四宮小次郎のそう多くはない帰国に合わせて、著名人や報道関係者は皆一様に約束を取り付けようとした。
 順調にその名を轟かせている『SHINO'S TOKYO』。それに続く第三の支店に是非関わりたい。明確な話は一度も出ていないにもかかわらず、誰もがそう口にして瞳を輝かせていた。
 新店舗はともかく、現状『SHINO'S TOKYO』の名が上がることには何の不満もない。自らの原点に立ち返るという点も含めて、今後更なる進化が求められることも想定していた。多少無理なスケジュールになったとしても、帰国を試みていただろう。
 とはいえ、パリを発つ直前まで八区の本店でランチタイムの多忙な時間を過ごしていたのだ。身体に残る疲労感は流石に無視できない。
 軽く休むかと目を閉じかけたところで、四宮はスケジュールを閉じて、メッセージ画面を起動させた。
 一日が終われば、少し時間が空く。
 翌日である土曜日の予定は多少遅めに設定してあった。朝もそれほどばたつくことなく過ごせる筈だ。
 予め帰国日は告げてあったが、今日の帰宅時間も含めて詳細な予定を送っておく。すると四宮が再び目を閉じる前に、返信が画面に表示された。
 丁度昼休みの時間帯だったのだろう、即座に返ってきたメッセージには一言「了解っす!」とだけ書かれていた。
 色気も艶も一切感じられない端的なそれだが、四宮は満足気に唇を緩めて画面を閉じた。
 まとわりついていた気怠さは少し癒え、代わりに忍び寄ってくる郷愁感を思いながら、けぶる窓の外へ目を向ける。
 視線の先、ぼやけて滲む日本語の看板以上に、日本にいることを実感せずにいられないメッセージだった。
 普段離れている相手との時間は四宮にとって代え難いものだったが、その一方で、慣れ親しんだ土地へ帰ってきた気の緩みを引き締め直す存在でもあった。
 特別な間柄でありながら、彼は四宮を師と仰いでいる。
 四宮もそのひたむきな姿勢に感化され、より高みを目指さんと奮起させられている。それは互いが会い見えるきっかけからずっと変わらずに存在し、料理人である以上、失われることのない関係性であった。
 たとえこの先、この極めて私的な付き合いが終わったとしても。
 こめかみの奥に響くような鈍痛を覚えて何度か瞬きを繰り返す。やはり眠ってしまおうかと身体を深くシートに沈めたものの、閉じた瞼の裏にこちらを見つめる瞳を見た気がして、目を開いた。
 見せる訳にはいかない。そう思い直して深く息を吐き、わだかまる痛みを外へ吐き出す。
 ――あいつにだけは、絶対に。
 背筋を伸ばして座る四宮の横顔には、一点の曇りもなかった。

 <中略>

「あ……っ、い」
「腰、立ってねえな」
「ちょ……っと、ヤバかっただけ、じゃないっすか……」
「代わるか?」
「いい、から……っ、あんたは黙って見られててくださいよ」

 そう言って見下ろしてくる創真の視線は熱く、焼き切れそうで、四宮は黙ってその裸の胸に手を触れさせた。
 どくどくと伝わってくる脈動が、滾る緊張を示している。どちらかというと自分が眺める方だというのに、火照った瞳をそらすことなく向けてくる創真は、全く逆の立ち位置だと言わんばかりの姿だった。
「う……っ、は、あ、あ……」
 頭では冷静さを失っていないつもりだが、身体の上で上下に動く創真を見ている顔はきっと、爛れた欲情を隠せてはいない。
 細く喘ぐ創真の顔を四宮以外が誰も見ていないように、四宮が熱っぽく追い求めている姿も、今の創真しか見ていない。そんなことを改めて思い知っている。
  ある意味一番脆く浅ましい部分を、とっくの昔にさらしていたのだと、今になって思い知っている。
「は、ああ、あ……っ、う、あ」
「……幸平、」
 未だ変えられないままの呼び名を口にすると、それに応えるように腰が落とされ、深く内部を抉らされる。
 滑りが悪くなってきたのか、走った痛みに創真が眉を寄せて息を飲む。
 四宮は身体を起こして創真を抱え込むと、一度腰を引いて根本を押さえつつ中から抜け出し、ベッドの上に乱雑に転がしていたボトルを引き寄せた。
 掌に出したローションを穴の縁から馴染ませてやると、冷たさに吐息を震わせて、創真はじっと四宮の顔を見つめた。
「……最後までやる気だったんすけど」
「もういい。お前も限界だろうが」
 潜めた声でそう囁くが、向かい合った創真は不満げな顔のままだった。
 四宮は仕方なくそれに、と言い置いてから、熱を持ったその顔に空いた手で触れる。
「見せろって言うなら、目線が近い方がいいだろ」
 呟いて、潤いを取り戻した穴にあてがい、再び中へと潜り込む。
 引っ掛かることなく容易に滑り込んだ性器を揺らしながら、抱き込んだ創真の顔を見上げる。
「ふっ、あ、あ……っう、ん、あ……っ!」
 まとわりつく粘液が股座を濡らし、半端にずらされた四宮の下着と服に染みを作っていく。しかしそんなことに構っていられるほど温い快楽ではなかった。
 決して激しい動きではないのに、触れ合った下腹部から丸ごととろとろと煮立てられるよう
な、痺れる快感が止まらない。
 呼吸は浅く、吐き出した息はもれなく震えて、それを絡ませるように何度も首を引き寄せて口付ける。
 勢い余ってぶつかった眼鏡を、もどかしく取り去ろうする前に奪われる。丁寧に折り畳み、その剥き出しの瞳に向かって笑いかけてから、創真は唇に噛みついてきた。
 甘噛みを繰り返して舌を絡める創真の手から、持ったままの眼鏡を抜き取ってヘッドボードに置く。
 空いた手を背中に回させると、予想外に強い力で抱き込まれる。ぴったりと重ね合った身体の間は体液とローションに塗れ、上からも下からも粘ついた音がしていた。