斉木総受け合同誌 「PSYCHICS OFF」 本文小説サンプル

 

【空助×楠雄】 cream

 久しぶりに顔を合わせたにも関わらず、そのたった一人の弟は、相変わらずの仏頂面のままだった。
 可愛げも何もあったものじゃない。尤も弾けんばかりの笑顔で来られたって薄気味悪さしかないし、何か重大な異常でもあるんじゃないかと邪推が捗るばかりだ。
 それでも多少表情が変わるとすれば、広げられた豪華なデザートを目の前にした時ぐらいだ。唯一にして最重要ともいえる嗜好はそう簡単に変わらないらしく、甘いものに手を付けている時は生意気な顔がほんの少し緩みがちになるのも以前のままだった。
 そう、昔から弟は甘い食べ物を好んでいた。それを利用して一矢報いてやろうと思ったことも、実の所何度かあった。 その方法は例えばそう、おやつを賭ければ多少の揺さぶりがかけられるのではないか――といったようなそれだ。 今思えば実に浅慮極まりなく言葉も無いが、その頃は如何せん行き詰まりきっていたのだ。藁をも掴む思いだったとしか言いようがない。もちろん当然の如く結果は散々だった。冷めた視線を向けつつ二人分のおやつを躊躇いなく口に運ぶ弟に歯噛みして、絶対に負かしてやるとより決意を固くしたものだ。
 苦々しくも遠い記憶から意識を起こし、目の前の扉を見つめる。中には一人悠々と勝利のデザートに酔う弟がいる。頭につけたそれを確認してから、ノックをする。
「楠雄、僕だよ。追加のデザートを持ってきたんだけど、開けてくれる?」
 声をかけて、暫くの間の後、扉の鍵が開く気配がした。手にした皿を慎重に抱え直して、扉を押し開ける。部屋の中の弟は、食べる手を止めて侵入者を見つめた。
 といっても、視線が向かうのはデザートが乗った皿だ。思考が伝わって来ないことに当然ながら警戒を覚えているらしい。とりあえず嘘は言っていないことを確認して、皿を見ていた視線がまた机の上へと戻る。
「どうだい楠雄、美味しい?」
 机に近付き、皿を置いてから問いかけると、弟は顔も上げずに頷いた。手にしたスプーンがほろりと柔らかいゼリーを崩す。
「それは良かった。昔から楠雄は甘いものに目が無かったからね」
 殊更柔らかく言うと、ちらりと視線がこちらを向く。訝しげなそれはそのまま弟の不信感を表している。実に分かりやすい反応で笑いそうになってしまう。
 思考が読めなくても関係ない、嫌悪や疑念はそのままダイレクトに伝わってくる。一方こちらの考えは薄い笑みの下、隠されて不明瞭だ。ただただ得体のしれない違和感を思うしかない。実に小気味良い、心地良い。ちっぽけな優越を覚えながらも、決してそれにあぐらをかくことなく微笑みも崩さない。不機嫌な顔のまま食事を再開する弟の正面に座って、じわじわとにじり寄るように追い詰める。


【海藤×斉木】 parfait

 正直今までにないぐらい動揺していたものの、引き下がろうとは思わなかった。 向かい合ったその表情の薄い顔を、わざと見ないようにして目を伏せる。
 思わずこぼれた溜息に、目の前の斉木は不愉快そうに鼻を鳴らした。 流れる重苦しい沈黙。どちらも一言も言葉を発しないまま、貴重な休日の午後が過ぎていく。
 周囲の賑やかで楽しい空気と対照的に、彼と海藤には息の詰まる時間が続く。それでも、互いに折れる気配は無い。
 机に置かれたグラスの水に、氷がカランと涼しげに揺れる。店員が去ってから暫く経つが、まだアイスコーヒー一つ来てはいない。
 店内の喧騒から、慌ただしい厨房の様子が察せられる。注文が立て込んでいるのだろう、理解しながらも、一刻も早く頼んだものが来てほしいと切に思っていた。
 空気を変えるきっかけがない以上、まだこの険悪な雰囲気は滞り続けるのだろうから。
 海藤は水滴で湿るコースターを眺めながら、もう一度溜息を吐いた。こんなだらだらと長く引き摺るような話じゃない。分かっているのにそれでも、なかなか言葉が出てこなかった。
 途中までは何事も無い、楽しい一日だった。斉木だって表立った変化は無いが、少なくとも不満を感じているようには見えなかった。きっかけはここへ来る途中に立ち寄った本屋での出来事だ。買いたい本があるという斉木と店内で別れ、適当に雑誌を眺めていた時だった。
「あれ、海藤じゃね?」
 突然名前を呼ばれて思わず肩が大きく跳ねる。振り返るとそこには、同じクラスの男子生徒が連れ立っていた。
 彼らは派手に身体をびくつかせた海藤を見て、にやにやといやらしい笑顔を浮かべる。
「そんなビビんなよー、もしかして何かマズいもんでも物色してたか?」
「背後には気を付けた方がいいぜー?」
「ち、違う。いきなりで驚いただけだ」
 察するに至極不本意な意味を込めながらにやついて、彼らは海藤が眺めていた棚を覗き込もうとする。そこは何の後ろめたさも無い男性ファッション誌のコーナーだったが、海藤は何となくそれを隠すようにして彼らに向き直った。
「奇遇だな、こんな所で」
「おう。まあ俺らはカラオケ行く前の暇つぶしだけどよ」
「海藤は何してんの? 連れは?」
 話の流れでそう問いかけられ、海藤は何故か言葉に詰まった。事実をそのまま言う訳にはもちろんいかないだろう。相手が近くにいないとはいえ、もしデートだとでも言おうものなら、何とからかわれるか分かったものじゃない。