未だ冷めやらない熱気がステージには残っていた。 辺りのイルミネーションは今宵一番の輝きを見せ、爛々と光っている。
　彼はその風景をひとりで眺めていた。既にステージ衣装は脱ぎ、普段より少し手をかけた私服に戻っている。コートを羽織ってきてはいるがやはり寒い。
　白く浮かぶ吐息に目を細めて、また光へと視線を移す。
　良いライブだった。自分達も観客も、周囲の光に負けないくらい輝いていた。本当に今この瞬間、サンタクロースが舞い降りてくるかもしれない。そう思わせられるような時間だった。本当に、そうなったら良いのにと、心の底から願ってしまうような、そんな。
「……何やってんだよ」
　聞こえた声に一瞬どきりとしながらも振り返ると、そこには寒そうに首を縮こまらせた冬馬が立っていた。
　その姿に彼は思わず目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「驚いた、本当に来たのかと思ったよ」
「何が」
「いや、こっちの話」
　そうやって濁すと、案の定訝しげな視線を向けられて苦笑する。
　何と返したものかと逡巡して、結局正直に伝えた。
「冬馬がさ、サンタクロースに見えたってこと」
「何だよそれ」
「サンタクロースが来てくれたら良いのになって思ってたら、冬馬がいたから」
「……何か欲しいものでもあんのか」
　問いかけられ、彼は視線を巡らせながら考える。 欲しいもの、思いつくのは全て、自分の手で掴まないと意味の無いものばかりだった。
　自分ではどうにもならないことを、望む気も無い。 彼は明るい夜空を仰ぎながら呟いた。
「特に無いかな。でも良いと思うんだ、サンタクロース。夢があってさ。だから、会ってみたいなって思っただけ」
　その言葉を聞いた冬馬は、ゆっくりと彼に近付いてきた。そして徐に彼の、放り出されていた手を取った。
「――冬馬？」
「冷てえ。冷え切ってんじゃねーか」
　ポケットに入れられていた冬馬の指が、彼の手を包み込んで受け止める。じわじわと身体の先から温められていく感覚に、自然と頬が緩んだ。
「サンタじゃねえけどさ……俺なら、いつでも会えるから」
「そりゃまあ、チームだからね」
「馬鹿、そうじゃなくて――俺がいるから。そんだけ」
　俯いていた冬馬の顔が上がり、彼と視線がぶつかる。彼はその追い詰められそうな強い眼差しに、それこそ光にも似た眩さを感じて微笑んだ。
「分かってるよ。ありがとう、冬馬」
「大体、お前……サンタじゃなくても振り返ったら俺がいたんだから、もっと喜べよな」
　それだけ言って手を離そうとする冬馬を制して、もう一度強く結び直す。ただこの場で長くはこうしていられないから、その分しっかりと、思いが通い合うようにと繋ぐ。
「冬馬がいてくれて、よかった」
「……遅えんだよ」
「ごめん。でも本当に、そう思った。冬馬と、翔太がいて、Jupiterがあって。本当に良かった」
　結ばれた手を離して、彼はもう一度笑いかけた。嘘偽りの無い心からの思いはきっと、相手に届いている筈だ。 冬馬は少し気恥ずかしそうに顔を背けたが、それでもやはり目を細めてしまいそうになる笑顔を彼に向けた。
「帰ろうぜ、北斗。翔太も待ってたけど、はしゃぎ過ぎてクタクタだったから、プロデューサーが先帰したんだよ」
「そうか。うん、分かった」
　彼が頷くと、冬馬は何か言いたげに視線を彷徨わせた。やがて意を決したようにその瞳が彼をとらえ、口が開かれる。
「お前、大分身体冷やしただろ」
「ん？そういえば、そうかな」
「……帰ってちゃんと温めるか、俺が監視してやるからな」
　何故か強い語気でそう言い放たれて戸惑いを覚えたものの、その遠回しな誘い方に早々に気付いて唇を緩ませる。
　彼は寒そうに覗く耳に口を近付け、温めるように吐息を混じらせ囁いてみる。
「それって、冬馬くんが直々に……ってこと？」
　肩を震わせた冬馬に視線だけで凄まれ、身体を離したものの、結局否定の言葉は出てこなかった。
　彼は置いてくぞ、と呟いて歩き出す背中を追いかけながらもう一度、今夜の夢の名残を振り返る。
　誰にも等しく、サンタクロースのように、心の中が温かく眩しく照らされるものがありますように。
　そう願いながら彼は、その愛しい輝きに触れるべく歩みを速めた。


/Polaris