思い想われ

 

「ああ、あんたがあのおっさんの」
 初めてその青年に会った時、どこか無遠慮に探る視線と共に、そんな言葉をかけられた。

思い想われ

 日本ドームのイベント当日を間近に控え、四人の男はそれぞれ別れ、各々のやり残したことを片付けていた。
 そんな中ある時桐生が他の三人をニューセレナに集め、竜宮城と呼ばれるその建物の中にある道場について話したのが事の起こりだった。
 その道場主と桐生は、以前から関わりがあった。加えて今回偶然にもその孫にあたる青年と桐生が博多で出会い、彼によって以前道場主から教わった技を磨き直したという話だった。

 それから紆余曲折あり青年は祖父と再会を果たし、今は二人でその道場にいるらしい。そして桐生によるとその道場に力を極めた者が訪れれば、更に強い力を手にするきっかけになるということだった。各自やるべきこともあるだろうし、時間に余裕があれば行ってみてはどうか。桐生の話はそう締め括られた。
 具体的にどんなことをするかとまでは聞かなかったが、確かにこれから始まる闘いにおいて、少しでも腕を高めておきたいという気持ちはある。話を聞き、冴島などは既に向かう気を見せていたし、これまで喧嘩や格闘といったことにそうそう縁などなかった品田も、戸惑いながらも桐生に竜宮城の場所を訊ねていた。
 冴島が出て、品田が出たのを見届け、秋山は煙草を消し立ち上がった。カウンターに腰掛けるその人の横を通り過ぎ、外に出ようとすると彼が振り向いた。
「お前も今から行くのか」
 唐突に問いかけられて思わずびくりとする。実の所秋山と桐生は色々と特別な関係にあるのだが、それを表立って周囲に明らかにはしていないのでなかなかに居心地が悪い。ましてや今はママも買い出しに出ており、この空間に二人きりなのだ。
 しかしながらその事実は頭からさっさと追い出し平常を努めつつ、秋山は振り返り、その瞳を見つめる。
「そうですね――二人とも行ったみたいだし、もう少し後で覗いてみますよ。……あ、もしかして今の俺の力じゃまだ不安がある、とか?」
「いや、そういう訳じゃない。が……」
 伺うように言った秋山の言葉をきっぱりと否定しながら、しかし桐生はどこか語尾を濁す。
 秋山はそれに疑問を覚えながらも、何と訊ねたものかと考えてしまう。詰まる所この人はどこまでいっても自分の内に抱え込んでしまう節のある人で、そして秋山自身、己には入り込めないその部分があることを承知していた。
 絶対的に違う立場を変えることは出来ない。だからこそ自分は程近いその場所で、自分なりに桐生の支えになりたいと思っていた。
 そう思うだけに、言い淀む桐生の姿に一時逡巡してしまう。
 ただでさえ今は特殊な状況下だ。しかも桐生自身その身に深手を負いながらであるし、遥のこともある。色々と抱えているものもあるだろう。しかし――
 そんな相反する思いを抱きながら考え込んでいると、桐生が不安気に秋山を伺った。
「秋山……?」
「……あっ、いや、すみません。まああの、俺も色々とケリもつけないといけないんで、しっかり力つけときますよ」
 そう言って笑うと、桐生は一瞬妙な表情を見せたが、緩く微笑みを返してきた。
 その笑顔にもういっそ細かいことは抜きにしてとにかくその身を抱き締めたくなるのだが、ぐっと堪えてその場を後にする。
 ニューセレナを出て、煙草に火をつけて甘い疼きをごまかす。気持ちを引き締め、秋山はゆっくりと神室町を歩き出したのだった。

 夜が次第に更け、神室町はその独特の喧騒を醸し出すようになってくる。 花の様子を伺ったり細々としたことを済ませた後、そろそろ頃合だろうかと、秋山は竜宮城に足を向けていた。
 件の建物の前でエレベータの到着を待っていると、着いたそれから降りてきたのはかなり疲弊した様子の品田だった。
「あ、お疲れ。どう?調子の程は」
「……めっちゃくちゃ大変でしたよ。でも何かこう、確かに今までに無い感じの感触がある気がしますね」
「へえ、そりゃすごい。それじゃあまあ、一つ気合入れますか」
 疲れを滲ませながらもどこか満足気な品田に見送られ、エレベータで目的の階へと昇る。
 着いた先は、古風な道場そのままといった内装で、傍らには門下生らしき者が何人かいる。奥に立つ老人と若者の姿を見とめ、秋山は中へと踏み入った。
「おお、また客人か」
「失礼します、桐生さんに伺ってこちらを訪ねたんですが――」
 高齢だが、言い表せない気迫に満ちたその道場主らしき人に軽く頭を下げる。 すると傍らに立ちそっぽを向いていた青年が、ぴくりと身体を動かし秋山を見た。
 恐らく彼が桐生が偶然会って、技を磨き直されたという孫なのだろう。
  青年は秋山が想像していた無骨なイメージとは少し違い、すっと整った容姿でいかにも今風の若者といった出で立ちであった。しかしその目つきは鋭く、秋山をまるで観察するようにじっと見つめてくる。 野生動物の威嚇のようなそれにこっそり舌を巻きながら、道場主に視線を移す。
 古牧という名のその人は秋山を少し見てから頷いた。
「うむ、すぐに始めるか?」
「お願いできますか」
「よし――うん、何だ?……ふむ、申し訳ないが暫し待って貰えるか」
 門下生の一人が所用があるらしく、古牧を呼ぶ。秋山が頷くと古牧は道場の隅にいた門下生の下へと歩いていった。
 手持ち無沙汰になった秋山が軽く足を動かしていると、すぐ傍にいた青年がまるで独り言のように言った。
「ああ、あんたがあのおっさんの」
 どことなく棘が含まれたその物言いに秋山が顔を上げると、探るような視線が向けられていた
「えーっと……?」
「おっさん、あー桐生さんの。そうなんだろ?」
 何かを断定するような口ぶりに秋山は言いよどむ。そもそも「の」というのは何を指しているのだろうか。
 素直に考えれば知り合い、であったり仲間である。秋山はどことなくそれとは違う空気を感じながらも、それとなく探りを入れるように言う。
「ああうん、仲間、っていうかまあそういう……」
「いいってすっとぼけなくて。デキてんだろ?」
 秋山の思惑をすっかり遮るようにかけられた言葉に、さすがに暫し押し黙る。青年の真面目くさった顔を真正面から見ながら、秋山はどう答えたものかと逡巡した。
 桐生の性格上、というかこの関係がそもそもそう他人に軽く口外しているものではなかった。ましてやいくら関わりの深い道場主の孫とはいえ、知り合って日も浅いこの青年に桐生が自らそのことを話すとは到底思えない。
 ともすれば下らないからかいの一種にも見えなくはないが、それならここまで鋭い視線を向けなくてもいいようなものなのだ。秋山は自分のある想像にほとほと嫌気が差しながらも、一息嘆息して口を開く。
「――藪から棒に何を言われるかと思えば……最近の子って面白いんだな。それとも、君独特のセンス?」
「まあとぼけたいならそれでもいいけどさ、気になんねえ? 何で俺が気付いたか」
 不適な笑みを浮かべる青年は実に悠々としている。秋山は関心が無いとばかりに肩を竦めて見せるが、その様を鼻で笑って青年は続けた。
「手、出したから。俺も」
 そんなとんでもないことを、青年は事も無げにさらりと言ってのけた。
 秋山はそれに小さく笑って見せるものの、心中面白い訳がなかった。かちりと視線がぶつかり合う。
「涼しい顔してっけど気になるんだろ?俺すっげえ威圧されてんじゃん」
「……威圧、ねえ?どっちかっていうと、されてるのはこっちだと思うんだけど。ここに来た時から、さ」
 秋山の淡々とした口調に、青年は不満気に鼻を鳴らした。掴み所の無い秋山のその体裁を崩すことは難しいと悟ったらしい。どれだけ肩肘を張ろうとも、中身は年相応の若いそれのようだった。
 腕を組み、何事か思案していた青年は、秋山にぎらりとした視線を向けて言い放つ。
「……気が変わった。やっぱり教えねえ。一人であれこれ心配してればいいんじゃね?」
「――若いねえ」
「あんたもそこそこおっさんだもんな――そろそろじいさん来るぜ。ああ、言っとくけどだからってあんただけにすげえキツく当たる、とかはしねえから、まあせいぜい頑張れば」
 どこまでもふてぶてしい青年の言葉に些か疑問を感じながらも、秋山が苦笑いを噛み殺していると、話を済ませた古牧が戻ってきた。
 そして古牧から改めて伝えられたその内容は、古牧と青年、二人と同時に手合わせするというものだった。 話を聞き、合点がいった秋山がちらりと青年を見るが、彼は素知らぬ顔ですまして立っている。秋山はやれやれとばかりに首を振ると、早速始めてもらうよう古牧に向かって頷いた。

 最初の印象よりなかなかに厳しい闘いだったが、秋山はこれに勝利した。 古牧流という伝統があり、かつ独特な技の数々は目に新しく、その使い手が同時に二人ということもあり、動きに慣れるのに苦労した。
 しかし手合わせを終える頃には今までになかった身のかわしや足捌きを物にし、自分でも己の力をより高いところに極められる予感を感じていた。
 秋山はふうと大きく息を吐き、二人の師に頭を下げる。身体は重いが、それは心地良い疲労感といえるものだった。
 顔を上げればちらりと青年――宗介と目が合う。構えた見た目とは裏腹に、闘いとなると猛る気迫を余すことなくぶつけてきたその姿勢に、あの人が惹き付けそうな人間だと一人笑う。 噛み付いているのかじゃれているのか分からないそれをいなしている内に、何だかんだ関わりを持ちそして――しっかりなつかれたのだろう。
 秋山は二人に礼を言い、その場を立ち去った。
 エレベーターで下に降り、着いたその場で煙草に火をつけくわえると、背後で再度エレベーターがひとりでに上へ昇っていく。
 程無くしてそれはまた地上へと降りてきた。秋山がちらりと入口に目を向ければ、出てきたのは先程の青年、古牧宗介その人だった。
「胡散臭い見た目のわりに結構やるな、あんた」
「そりゃどうも。まさかとは思うけど、わざわざそんなことを言いにここまで?」
「いや?……言わねえのはそれはそれで、フェアじゃねえ気がしてさ」
 フェア、という言葉に引っ掛かりを覚えながらも、秋山は宗介に向き直る。 宗介はどこか面倒そうに眉を寄せるが、仕方ないとばかりに大きく嘆息して話し出した。
「まあ結論から言うと何もしてねえよ。正直あんなおっさん相手にマジとか、洒落にもなんねえと思ってたし。でもなんか気になるしイラつくから色々吹っ掛けたけど、まるで本気にしてねえな、ありゃあ」
「へえ……」
「だからもう一度会ったら、……俺がじいさんとのことを全部片付けたら、そん時は腹決めて本気でいくって言ってやった。借りも作りたくなかったしな」
 それも本気にしているかどうか――ぼやくようにそう言った宗介は、しかし秋山から目を離さず言う。
「けじめはつけた。借りも返した。でも当の本人は色々抱えてるみてえだし、だからとりあえずこっちも抑えて、永洲で言ったこと覚えてるかって訊いたんだよ。そしたら、さ」
「――そうしたら?」
「大事な奴がいるんだとよ、この街に」
 宗介の真っ直ぐな視線が向けられている。秋山は煙を吐き出し、短くなったそれを携帯灰皿にしまいこんだ。
 その所作を、宗介はただじっと見つめる。まるで秋山越しに彼の想うその人が、見えるとでもいうように。秋山は大事な人、と心の内で繰り返し、呟くように言う。
「……あの人は沢山のものを背負い込んでいる」
「きっとそれだけじゃねえよ。おっさんの顔――あんな顔されたら誰だって分かる。特別な人間がいるんだって」
「それが俺だと?」
「ああ。正直、最初から何となく気付いてたんだよ。おっさんが大事なものをどこかに置いてきてるって。それも多分、一つじゃない。色々な関係性を全部経ち切って、ここにいるんだろうってな」
 自信の溢れるその姿には似合わない自嘲さえ滲ませて、宗介は言う。 若い青年だとばかり思っていたが存外聡く、そんな細かな所に敏感らしい。
「別れた女でもいるのかと思ったんだよな――でもなんつーか、まあ勘としか言いようがねえんだけど、はっきりした拒絶じゃなくて、前みたいにすかされた感じだったのが気になった。もしかしたら、その大事な奴ってのとかなり特殊な関係なのかもなってな」
「勘、ね」
「実際当たっただろ?」
 宗介は不敵に笑って腕を組んだ。けれどすぐ真顔に戻り、秋山に向き直る。
「じいさんが腕立つ奴連れてこいっつった時、何となくだけど雰囲気変わったしな。その内会うかもしれねえって思ってたよ。
 それで来たのが高校生くらいの女の子におっさんより年いったでかい人、あとは――俺が言うのも何だけど、今この街に住んでる訳じゃなさそうな感じの人、って訳」
「……なるほどね」
「ま、勘っつってもあんただったらいいかもなって、俺の希望も入ってるけどな」
「それはまた……どういう点で?」
 突然変わった風向きに秋山が思わず聞き返すと、宗介はまたにやりと笑った。
「男っつー問題はとりあえずクリア。後はそう、年下ってこと?」
 俺からすれば有利じゃねえ? そう言ってしたり顔を浮かべる宗介に、秋山は薄く微笑む。
「……なるほど。それで一人前に横恋慕しかけてるつもり?」
「年下っつってもあんたはずっとおっさんだけどな。それでも取り入るってんなら、優位かもだぜ?」
「まあ、何事もチャレンジしようとする意思が大事だ」
「ここまで言って止めねえんだな――そんなに余裕?」
「無理難題ならふっかけ慣れてるんでね」
 暫し無言で視線を交わし合う。秋山は一息嘆息すると、先に視線を逸らした。そのままぶらぶらと竜宮城から離れていく。
 背後にまだ宗介の気配を感じながらも、もう話すことも無いと秋山は振り返らなかった。それよりも、もっと話すべき対象がいる。
 タクシーに乗り込み、秋山はじりじりとした気持ちを持て余しながら運転手に目的地の天下一通りを告げた。
 ニューセレナへ戻ると、そこには桐生と品田がいた。
 品田は竜宮城から出てすぐこちらに戻ったらしく、カウンターに腰掛けた桐生の隣に座り、道場での闘いを事細かに報告していた。
 先程の疲れた様はどこへやら、興奮した様子で詳細を説明している品田に、些かささくれ立った気持ちも手伝い溜息が洩れそうになる。
 どこもかしこも――そう心の内で呟くと、人が来た気配に二人が入り口を振り返った。
「あ、秋山さん。どうでした?」
「なんとかね――桐生さん」
 何やら話し込みたそうな品田を横目に、秋山は桐生を呼んだ。見つめた瞳が少し揺れていて、それにやんわりと微笑む。
「何だ?」
「ちょっとご相談が。一緒に来てもらえます?」
 黙って頷いた桐生を、秋山は一つ上の階、自分のオフィスへと連れ出した。
 花が既に帰宅済みなのは、タクシー内でかけた電話で確認済みだった。 秋山はスカイファイナンスの扉を開け、中に桐生を誘う。
 有能な秘書によって応接スペースは綺麗に片づけられているが、秋山は腰掛けることなくその場に立っていた。
 黙ったまま桐生が部屋に入り、扉が閉まったのを確認すると、秋山はすっとその間合いを詰めた。いきなり至近距離で目が合うことになり、それに珍しく狼狽えた様子の桐生が身じろぐ。
「相変わらず、モテますね」
 桐生の口から疑問が飛び出る前にそう告げた。その一言で事の経緯を察したらしく、桐生は居心地悪そうに視線を逸らす。
「流石ですね。まさかあんな若い子まで引っ張っちゃうとは、誇らしいというか何というか」
「……おい」
「俺の言いたいこと、分かりますか」
 あと少しで唇すら触れてしまえそうな距離で、秋山は桐生の目を見つめたまま問いかけた。
 真っ直ぐなその瞳に、自分しか映らない状況が愛おしい。そんな女々しい感情さえ抱いてしまう。
「何で俺に言ってくれないんですか」
 目を見開く桐生に秋山は苦笑する。どこか虚を突かれたようなその反応がこれまた新鮮で良い
  緩む口元を抑えながら、秋山は桐生の反応を伺った。
「――ガキの言うことだ。そんな笑い話にもならねえようなこと、わざわざお前に言える訳が……」
 わざと粗野な言葉を選びながら話す桐生のその様に耐え切れず、秋山はその腕をそっと引いた空けられていた僅かな隙間が埋まり、桐生はゆっくりと前へ一歩踏み出した。
  近付くその身体を抱き寄せ、指を絡め頬に触れる。それだけでびくりと反応を示す男の瞳を、ただじっと覗き込んだ。
「俺に言わなくて、誰に言うんです」
 囁くように言った言葉に、桐生が細く息を吐いた。 指先でその広い背中に触れながら、秋山はくつくつと笑いを溢して言う。
「全く、あなたにその気があるのかと思いましたよ」
「……思ってないだろう」
「あ、バレましたか。まあ桐生さんがどう思ってるのかも聞かせてもらえましたから、俺としては大満足です」
 ゆったりと笑って秋山がそう言えば、桐生は後ろめたそうに目を伏せた。まるで叱られている子供のようで、それが秋山には楽しくて仕方がない。
 背に回していた手で首に触れ、擽る様に撫ぜると桐生の喉元が小さく動いた。
「本当に、どこまでも魅力的ですねあなたは。彼が参っちゃうのも仕方がない」
「――勘弁してくれ」
「そういう所も好きですけどね――でもまあ、俺には言って下さいよ」
 伏せられたその目を覗き込むようにして念を押せば、桐生が頷く。それを合図に秋山は首ごと引き寄せ、薄く開いたその唇に触れるだけの口付けをした。
 今ここで、触れられる幸せを噛み締めながら。 深く吸い込んだ煙を、秋山はゆっくりと吐き出す。
  逢瀬は束の間、向かい合い火をつけた煙草が短くなるまで、二人の男はその場に留まっていることにした。
 触れたい欲求を何とか抑え、秋山は気を紛らわせる為に口を開く。
「永洲街でねえ……何があるか分からないもんですね」
「ああ。しかしあいつも自分の進む道を見つけられてよかった。真っ直ぐな奴だからな」
「へえ――結構話はしたんですか?」
「まあ、飯を奢らされるのが殆どだったな。そういえば、別れた後にその礼をメールでされたなまたそれもあいつらしいが――」
「ちょっと待って、メール?」
 秋山が言葉を遮って聞き返すと、桐生は不意を突かれたように唇から煙草を離し、戸惑いながら頷いた。秋山はその様子にがっくりと肩を落とし、行き場の無い感情を持て余すように大きく溜息を吐く。
 思わぬ隠し玉を見せられた気分だが、それがどうしたと心の内で思い直す。それでもはは、と乾いた笑いが洩れて、それに気付いた桐生がどうかしたのかと目で問いかけてくる。
「いやまあ、そんなマメなタイプじゃない、です、よね」
「何がだ?」
「……俺はあなたになら、いくらでもマメになれますよ? 桐生さん――」
 首を傾げる桐生に微笑んで、秋山は身を乗り出し、顔を近づける。至近距離で口を開こうとした矢先、遮るように桐生の携帯がピリリと鳴った。
 絶好、否、最悪のタイミング。二度程音を繰り返し止んだそれは、きっと間違いなくメールの着信音で。
 秋山がそれを反射的に睨み付けたのは最早、致し方ないことだった。