海藤×斉木+窪谷須×斉木 R-18「お初にお目にかかります」 本文サンプル

 

■海斉 SideA

 いつの間にか、正直何が何だかよく分からないぐらいに好きになっていた。横に並びたい一心で追いかけていた思いは、どんどん突き進んで留まることを知らなかった。
 友情から大きく外れた感情だったけれど、大切なのは最初からずっと変わらない。傍にいる彼を大事にしたい、より近しい存在になったのなら猶更、そう思っていた。
 ベッドに腰掛けたその人をこっそりと伺う。字を追う眼鏡に覆われた瞳、器用そうな手。普段の毅然とした立ち振る舞いも、時折柔らかく緩められる表情も全部好きだった。 もちろん見た目だけじゃない。だけどこんなに近い距離にいるのだ、どうしたってその普段よりくだけた姿に目がいってしまう。
 引き結ばれた唇に視線を移したところで、海藤は一層強く胸がざわめくのを感じた。思い出すのはとても口にはできない、しかしある意味至って健全な、肌を重ねるその行為だ。 囁きのように洩らされる吐息。密やかで甘いそれが聞こえる度に、息が出来ない程緊張と興奮を覚えた。もっと聞きたい、そう思って顔を見上げると決まって唇を噛まれてしまって、それを宥めるように口づけるのが常だった。 抑え込む姿も堪らないものがあるけれど、それでもたまにはもう少し、声を。
 そんな行き過ぎた思考に沈んでいると、ふとその人と目が合う。 慌てて視線を逸らしたもの
の、かっと体温が上がるのは避けられなかった。
 どことなく刺さる視線が剣呑なのは、よからぬことを考えていたのがばれた所為か。分かりやすい反応をしてしまったと自分でも思う。
 恐る恐る顔を上げれば、呆れたような彼が目に映る。薄く開かれた唇から小さく聞こえた溜息に、性懲りも無くどきりとしてしまってもうどうしようもない。
「……斉木」
 半ばやけくそな思いで名前を呼び、身を乗り出す。ぐっと迫るように顔を近づけても避けられない。些細なことに何度だって浮かれてしまう。
  首を傾けて唇を寄せた。温い体温が重なって溶ける。一度触れてしまうと抑えることを忘れてしまう。閉じられた唇の間に舌を乗せ、少しだけ押し込む。
  そろそろと口が開かれ、誘われるままに中へと忍ばせる。温かくて柔らかい口内で舌先を結べば、一瞬で眩暈にも似た快感が奔る。
 早々に口づけを解き、海藤は引き出した舌で唇を舐めた。濡れて魅惑的に光る様がいやらし
い。彼の好きな所は多々あるが、いつもは慎ましやかなその口元が、自分の行いで変化する姿は本当に愛おしいと思う。 熱を孕んだ吐息、水気を含んで赤く色づいた姿、彼の深い所を許されている証の様で、それを思うだけでいつも心地よい幸せに包まれていた。 海藤は顔を離すと、人差し指で彼の唇に触れた。少しだけ熱が上がっているのがまた愛おしい。内部の心地良さを思い出して背筋が震える。
 何となく、指先を隙間に引っ掛けてみる。斉木は特に抵抗しない。ただじっと海藤を見つめていた。そのまま口の中へ人差し指を含ませていく。やがてぬるりと、舌の先が触れた。 海藤ははっとして指を引き抜こうとした。勢いのままの行動に理性がやっと歯止めをかける。舌でもな
く、指だなんてどうかしている。そう思って退こうとした指の腹を、不意に斉木の舌が撫ぜた。


  ■窪斉 SideB

 吊り橋理論というものをご存じだろうか。ミステリーやサスペンス、ホラー等でよく描かれ
る、危機的状況下における緊張、高揚を恋愛感情のそれだと錯覚する現象だ。
 自らの生命が脅かされ、子孫を残さねばという生理的動機でも説明がつく。 といっても、何も創作物の中だけの話ではない。現実でも似たような状況に遭遇し、そのままカップルになることもある。――もちろん、成立後の関係については対象外だが。
 とまあ成り行き上説明はしたが、今やその内容は知れ渡り、いっそよく見るシチュエーションの一つと言っても過言ではない代物になっている。
 何故その使い古された用語を持 ち出したか。それは 僕がその状況に直面しているからに他ならない。いや、正確には"それらしき状況"だ。ああもちろん、僕自身の話じゃない。危機的状況なんて僕にはまず起こり得ないし、そもそもそんな心理現象で感情が左右される程、事は簡単じゃない。
 僕にはある人間の行動が、吊り橋効果の結果と断言していいものなのか分からなかった。何か相応しい言葉を探すなら確かにそれなのだが、いまいちピンと来ない。
 だからその内容をきちんと整理し、改めて考えれば結論が出るかと思ったが、無理だった。
 そんなこと冷静に考えるようなものじゃない、だがそういう訳にはいかないのだ。 そう、そういう訳にはいかない。何故ならそれらがもたらすのは、僕にとって大変由々しき事態だから。
 刺激の強い映画を見ると、決まっていかがわしい気配を纏う。窪谷須亜蓮という男のその厄介な性質に、僕が振り回されるという事態だ。

「よし、帰るか斉木」
 授業が終わるとすぐ、当然のように海藤が傍らにやってきた。 僕はいつも通りそれをさらりと流して立ち上がる。
「なあ、今日はどうだ?また借りてきたんだけどよ」
 海藤の後ろから近づいて来た男に、僕は咄嗟に身を固くする。 その男、窪谷須は手に持ったレンタルショップの袋を掲げ、海藤と僕を交互に見た。
「そうだな、何があるんだ?」
「ホラーとホラーと、あとホラーだな」
「ホラーしか無いのかよ……」
「違えよ、サイコホラーにスプラッタホラー、最後のは和製ホラーだ」
 そう言って 何故か得意気に胸を張る窪谷須に、海藤はげんなりした顔を向ける。
 今までの価値観をひとまず除けて、周りのごく一般的な感性に身を寄せようという彼の努力は理解できる。 しかし未だ手探り状態が続いているのか、その選択には偏りが多い。彼が借りてくるDVDの数々はそれほど大衆人気を外していないものの、バランスという面はあまり考慮されていなかった。
 おそらく店の特集コーナーをそのまま引っ張ってきているのだろう。この前はSF作品が目白押しだった。そしてその結果今日も例によって例の如く、出来上がっているのは立派なホラー映画傑作選だ。
 海藤は頷きながらもやはり不安気だ。友人に合わせたい気持ちはあるが、根本的にそういったジャンルが苦手なのだから致し方ない。 視線を彷徨わせ、やがて僕を見る。
 ほら来た、僕はさっさと教室を後にしようと鞄を取った。しかしそうはさせまいと間髪入れずに声で遮られる。
「なあ、今日も斉木の家で観てもいいか?」
 海藤の縋るような目と脳内の声に、僕は黙って立ち尽くす。 僕に帰られて二人で観るより、人が多い方がまだいい。そんな訴えが伝わってきた。
 だったらそれこそ誰だって、僕じゃなくたっていいだろう。その辺りにいる燃堂でも連れて行けばいい。そう思ってさっと周りを見回してみるが、忌々しいことに今日に限って珍しく、あの男はさっさと帰宅したらしかった。 僕は筋違いな恨みを燃堂に抱きつつも、聞かなかったことにして立ち去ろうとする。
「駄目か、斉木」
 足を止め 、振り返った先の男と目が合う。眼鏡で隠されてはいるが、その奥の瞳はとても鋭
い。 僕はこの男の視線が正直苦手だった。鋭く射抜かれるようでどうも居心地が悪い。思考は読めている筈なのに、何故か不安を煽られる気さえする。流石は"元"不良の気迫といった所だろう
か。
 男はじっと視線を逸らさない。結局、折れたのはまたしても僕だった。僕は目を伏せ、二人に近付く。
「ありがとな」
 貫く視線が親しげに和らぎ、僕はそれに、居た堪れないような思いを持て余していた。

 <以下抜粋>

 ずれかかっていた下の衣服を全て取り去り、窪谷須は先程とは打って変わって荒っぽい手つきで触れてきた。下半身を剥き出しにされても僕は顔色を変えない。
 もちろん、酷く間抜けな格好を晒している自覚はあった。 窪谷須は露わになった部分を掴む。突然の刺激に少しだけ腰が引ける。やわやわと揉み込むように指が動き、次第に熱と、ぬるついたものが滲み出してくる。 控えめに鳴る粘着質な音が、殺人鬼が立てる騒音に重なる。ほとほと滑稽な姿だったが、持ち上げた太腿に噛み付く男の頭には、そんな感想は無かった。
 ぐっと腰が重くなる感覚には正直それほど覚えがない。しかし意味することは理解できるし、これだけでどうにかされたとは言えないだろうとも思っていた。
 そしてそれは男の中でも同じだった。触れていた指が後ろに回り、ぬめりを押し込むように撫ぜる。意図している状態になるには、どうしたってまだ準備が足りない。
 しかしその手はめげることなく触れてくる。やはり潤滑分が足りないのだ、やがてそう思い至って窪谷須は徐に身を屈めようとするが、それは流石にと押し退ける。
 ややあって、入りかけていた指がするりと中へ潜り込んだ。
 こんなことの為に力を使う日がくるとは。流石に少し頭を抱えたくなったが、とりあえずは傍らに追いやっておく。
 極めて変則的な方法によって埋められた指を、窪谷須はそうとも知らずそろそろと動かす。
 殆ど言葉も無く淡々としていた空間に、初めて僕の少しだけ乱れた息が流れる。 もちろん痛みなどは無い。だからといって凄まじい快感がある訳でもないのだが、内部にある他人の存在を自覚した途端、あの震えるような背徳感にも似たそれが込み上げてきたのだ。 僕はふとテレビに視線を移した。傷付き、ついに追い詰められた主人公。
 もう駄目だという所で主人公が動く。機転を利かせ、一世一代の反撃に出た瞬間、窪谷須の顔が遮った。
「……見ろって、こっち」
 窪谷須は苛立った感情を露わにして僕の耳を噛んだ。押し込まれた指がばらばらに動き、耳の中を熱い息で擽られる。