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「何が気に入らないんだよ」
 先程までの誕生日騒ぎの主役が不満気にいるのに、彼は眉を顰めて問いかけた。
 今日は彼、笛吹和義の誕生日で、パーティーとまではいかずとも部員とモモカや他の人間が集まり、皆で祝っていたのだった。
 片付けの済んだ部室を後にして二人で廊下を歩く。一緒に帰る事はもう既にかなり前に提案されていたので、特に構える事もない。
 そうして昇降口まで来た所で、どこか不機嫌な様子の相手に向かってとうとう疑問をぶつけたのだった。
 元々そういう事に積極的でないのはよく分かっていたから、戸惑いもあるのだろうと放っていたのだがどうも違うらしい。
 二人きりになって余計に悪くなったそれに、佑助は首を捻るしかなかった。 立ちすくむ男の表情はやはり固い。こちらをじっと見たまま、何かを言いたげに指を動かしている。
 もう一度、口を開きかけた彼を遮って相手がキーボードを叩いた。
「祝ってくれないのか」
 真剣な眼差しで言われたそれに思わず固まった。 祝うも何も、ついさっきまで皆でおめでとうと言い、騒いでいたのだから、それ以上に何があるのだろう。
「え?誕生日だろ?祝ったじゃん」
 素直に返せば、より不機嫌そうに男は眉根を寄せた。 少し拗ねた様な口ぶりにますます分からなくなる。何かまずい事でも言ったのだろうか。
 混乱する彼をよそに当人は憮然としたまま一人心の中で葛藤し、ついにはプライドが負けを認め核心的な理由を言わざるを得なくなった。
「お前が、」
「俺が?」
「……お前だけが」
 彼の大決心からの、けれど不明瞭な言葉は一拍程置いて相手に伝わった。 佑助は心なしか居心地悪そうに言う男をまじまじと見て、ようやく結論に辿り着いた。
 要するに、自分に、自分だけに改めて祝ってほしいのだと。だからあんな風に拗ねていたの
だ。 納得した後は照れ隠しにこちらを執拗に見続ける相手が可愛らしくさえ思えて、自然と頬が緩んで仕方なかった。
「あー、そっか」
 辺りを見回して確認する。多分ここならそう目立つ事もないだろう。
「じゃあ、何したらいい?」
 向き直って訊くと、何も言わずにパソコンを置き、手を引いて抱きすくめられた。 そっと背中に手を回して強まる腕の力に愛しさを感じる。
 そういえば今日初めて触れ合うのだなんて考えてしまって、自分も大概恥ずかしいなと一人思った。
「なあ、こんなんでいいの?」
 返事が無い事を分かった上でぽつりと言う。 扉の開け放たれた昇降口は寒い筈なのに、泣きたくなる程の暖かさで身体は満ちていた。
 誰かをこんなにも想える。ただそれだけが、どうして胸を締め付けてやまないのだろう。
 応える代わりに男は抱く手を取って指を絡ませた。風の音が遠い。 唇が触れるまであとどれくらいだろうと頭の隅で考えながら、彼は小さく耳元におめでとうと、その人だけに聞こえるようにこぼした。