なくてななくせ

 

 液晶テレビの向こう側で笑顔が魅力的な女性アナウンサーと中年男性タレントが並んで微笑んでいる。
 傍らには、高い柵で囲われた子犬たち。子犬たちを上から眺めるもう一人の男性の目は優し
く、しかしブリーダーとしての鋭利さもはらんでいる。
 アナウンサーは可愛らしい笑窪を見せて声を張る。
 ご家族にワンちゃんネコちゃんがいるみなさん、困っていることはありませんか――? ご相談なら是非この番組まで!
 ジングルと共に遠ざかっていく出演者。画面下に差し込まれた連絡先を眺めて口を開く。噛み癖が酷い、と気だるく言った男のその対象はもちろんペット――ではなかった。

 最初は肩、次が首。最近は耳朶がお気に入りらしい。ピアスがある方は気を遣って柔らかく甘噛むくせに、反対側へはお構いなしに歯を立ててくるのだからある程度は自覚している。
 しかし我を忘れて箍が外れているとはいえ毎度こうでは噛まれる方としては正直堪ったものじゃない。
「何見てるんすか?」
 近付いてくる気配に振り返ると、噛み跡を残す張本人が呑気な顔で立っていた。着崩れたジャージ姿は纏う空気をも緩ませている。
 捻じ込んで合わせた休みの朝に似つかわしい弛み方にあっさりと煽られて、四宮は黙ったまま手招きをする。
 フローリングに直に座っていた四宮に、従順にも同じように座って顔を近付ける創真の首を掴んでキスをしかけた。ぴちゃりと湿った音を立てながら舌先を絡ませていると、薄く開いた歯と歯の間が狭まる気配がする。
 予想通り舌に突き立てられた前歯の感触に四宮は口を離して、お返しとばかりに鼻先に口付けながら低く呟く。
「……噛んだな」
 窘めるような言い方に創真が小さく声を洩らす。やはり後ろめたい自覚はあったようだ。至近距離で瞳を覗き込みながら喉を撫でる。反対側の手で腹部を擽りながらもう一度唇を重ねた。
 項垂れて閉じられたままの唇を突き出した舌で舐めてやると、熱い吐息と共に腰が僅かに揺らぐ。そのまま何度か見せつけるように唇を舐めてから四宮は問いかけた。
「味でもみてんのかよ」
「う、わかん、ねえっす、けど」
 戸惑いながらもたどたどしくそう答えて、創真は喘ぎの間に首を傾げて言った。
「食べたいんすかね……?」
 それを聞いた四宮が間髪入れずに体重をかけて創真の身体に圧し掛かったのは最早致し方なかった。目の前の客がもう一皿と指を立てているのに無下にする料理人はいない。つまりはそういうことだ。
 固い床を背にすれば身体を傷めるからと最終的な体勢を意識しつつ服を剥ぎ手を伸ばす。番組の終わったテレビを消してリモコンを滑らせる。
 残念ながら敏腕ブリーダーに頼む困ったことなんて何もないしそもそも相手はペットじゃな
い。
 それは時折どうしようもないほど劣情に火をつける恋人の、ちょっと行き過ぎた愛情表現の一つだった。