四宮×創真 R-18「Lovin' You」 本文サンプル
◇帰国した四宮と迎える創真の噛み合わないようでそうでもないちょっとした話。
帰国する、と連絡してから丸一日連絡が無かったと思ったら突如電話が鳴り、
矢継ぎ早に料理に関する話題のみを振られて、流石の四宮とて閉口せざるを得なかった。それでも反射的に言いかけた文句を飲み込んだのは、相手より年上であるという動かしようの無い事実と、持って生まれた性格が相互に作用した故の選択だった。
開店以来評判の店となった東京店は四宮が帰国したその日も大変な賑わいぶりだった。
フランスで研ぎ澄まされた魔術師の料理は彼の生まれた国でもあらゆる人々を虜にした。四宮は訪れた客から惜しみ無い称賛を受け、優秀なスタッフの腕を評価した。
特にフランス本店で副料理長として働き、そのまま東京店を預かることとなったアベルには四宮なりに色々と気をかけたつもりだった。
料理人としての停滞を乗り越え、新たな頂へ躍進せんとする四宮は以前と比べて多少まとう空気が柔らかくなっていた。とはいえ生来からの気質はそう簡単には変えられない。四宮のそれは以前とあまり変わらない態度であり口調ではあった。
しかしアベルを始めスタッフの皆が、長時間の移動にも関わらず疲れを滲ませず立ち続け気を配る姿にその意図を察していた。
暖かい光の下、眩い白のテーブルクロスの上に彩られた皿が、客の目を、舌を楽しませる。
蕩けるようなその幸福に満ちた笑みの一つ一つを横目で眺めつつ、四宮は思考を停滞させることなく『SHINO'S』の新たな展望を思案し続けていた。
戸締まりをした店の前で、四宮はアベルと二言三言交わしてから歩き出した。
途中でタクシーを拾い、深く座席に身体を沈ませて嘆息する。 疲れがない訳ではなかったが、それ以上に引っ掛かっていることがあった。
手にしたスマートフォンのロックを解除し、画面を見つめる。 相手からの最新のメッセージには「買い物を済ませてから行きます」とあった。四宮は何とも言えない心地でその一文を眺め、
過ぎていく窓の向こうの光に目を眇めた。
相手と――自分を師匠と慕う幸平創真という後輩と、まがりなりにも恋愛関係になったこと
で、四宮の心境は何かと複雑に動いていた。 かつて挑まれた食戟、その腕を認めた上でのスタジエ、四宮相手にも臆することなく向かってくる大胆さは心地良く、その行く先を見届けたいという思いは今も純粋に存在している。
なおかつ同じ学園で学んだ先輩であり、年を重ねた大人でもある。互いを隔てる距離もかなり遠く、おいそれと飛び出していける所にはいられない。だから一人の人間として思うようになってからも、四宮はある意味で線引きを忘れなかった。
それはよく言えば年長者としての慎重で、悪く言えば大人を盾にした臆病だった。四宮とてそれを分かってはいたが、あらゆるタイミングで無意識に、あるいは意識的に、ブレーキを踏み込むのは最早彼の中でごく自然な反応となっていた。
帰国をする、と告げてすぐに会う約束が取り付けられないのも、買い物の内容が自分の帰宅よりも優先すべきことなのか問いかけられないのもすべて、結局のところそこから繋がってきているのだ。
しかしそんな自分とは裏腹に、それこそぞっとするほど際限の無い衝動が、身の内に存在していることも自覚していた。 こうして自宅へ向かう道すがら、気が緩んで思考をさ迷わせた時に、
煮え立つような欲望をもってして彼の存在を求めていることに気が付いている。それでも言える訳がなかった。
臆面もなく欲しがれと口にするにはあまりにも離れていた。年も、距離も、立つ場所も。
<以下抜粋>
「……本当にお前は可愛いげがねえな」
「それはお互い様っすよ―って思ったけど、師匠はそうでもねーかな」
生意気にも悠々とした笑みを浮かべて創真が言う。
「俺のこと考えてイライラしてんのはなんか、すげー可愛いっすよ」
――ああまったく本当にどこまでも、この男には可愛げがない。
近付いてくる身体には抗うことなく、四宮は顔を近付ける。 目を閉じる寸前に見えた、満足げにつり上がる唇の端がどうにも癪に障ったが致し方ない。
音を立てて表面を吸っていると、焦れた舌先が急かすように唇の間をつついた。もちろんすぐに応じてはやらず、唇だけで食べるように挟み込む愛撫を続ける。
行き場を失った舌が物足りなさを訴えながら下唇に触れるのに満足して、鼻先を擦り合わせたまま唇を離した。
先程とは打って変わって、不満を全面に顔へと張り付けた創真が熱を持った唇で
ぼそりと呟く。
「……眼鏡邪魔っすよ」