lover

 

 初めて会った時から、頭の中で警鐘が鳴り響いていた気がしていた。
この男は危ない。何がどうと訊かれて具体的に説明できる訳ではないが確かにそう思った。
頭が切れて人を引き寄せる。話す言葉には不思議な引力がある。視線を集める容姿をしていながらも隙らしい隙がない。
 相手の心を見透かすような瞳に恐ろしささえ感じて、それでも目を離せない。
 どうしようもないほどに魅力的な男。こんな男にとらわれたらきっと今までの自分とはまるごと変わってしまう気がする。危うい男、分かっている。わかっていた。

「なーんかまた余計なこと考えてんだろ、お前」
 自分の心中をさらりと言い当てて、安形はにやりと笑いながら佑助の口内に指を含ませた。
身体の中をかき回されて、肌も触れ合わない部分がないほどにぴたりと重なっているのに更につながりを深めようとする。
 欲深く、それでいてあざとさを含んだ仕草を拒めない。上からも下からも侵される感覚に被虐的な快感すら得つつある。つまるところおかしくなりそうなぐらいに気持ちが良かった。
「ふ、あ……っ」
 くちゅくちゅと音を立てながら太い指が舌を擽っていく。弾力を確かめるように押されて、ざらつく表面を撫でてはいたずらに引っ張られる。
 みるみるうちに身体以上の熱さになった舌は熱の開放を求めて、促されるまま外気にさらされた。
 べろ、と間抜けに差し出されたそれを男は満足げにひと舐めしてまた指で弄る。溢れた唾液と涙は乾いている指ですくってさらわれた。
「ぐずぐずだな」
 陶酔した顔を隠し切れないまま、佑助は笑う安形の顔を見つめた。
 座った相手の膝に乗せられて、奥の奥まで揺さぶられる体勢で何かやり返せた試しなんてな
い。されるがまま突かれて、乞われるまま腰を揺する。
 埋められた安形の性器は固く、体内から食い破られそうな気さえしてくる。しかしながらもっと深く入り込める体勢であるにもかかわらず、安形は少しだけ加減して深いところまでは犯して
こない。佑助の身体がそれを望んで収縮するのを分かっていながら、だ。
 巧妙でいやらしく、そして意地の悪いセックス。まるでこの男そのもののようだと思って、また意識が外側に飛びかける。察しのいい男は舌を開放して、熱を持つ先端を労わるように吸ってから囁いた。
「まだいけねえか?」
「い……っけ、ねえ……っん、っ」
「腹ん中びくびくしてるな。痛いか」
「いたく、ないっ……あっ、も、いきたい、……っう、あ」
「いけばいいじゃねえか、上も下もびしょびしょだろ、ほら」
 浅いところを上向き緩く擦られて声が上擦る。確かにそこもめちゃくちゃに気持ちが良い。
 けれど欲しいものとは違う。今は快感の度合いより性質を求めている。伝わらない筈がなかった。
 強く締め付けるように太腿に力を入れて、自分から深く深く迎え入れるようにして腰を揺す
る。
 それなのに安形は深く入り込んでこない。早くせつなく疼くそこを押して、こじ開けて埋めてほしかった。
 明日腰が立たなくなったっていい。安形によってひらかれたその快感を与えられることだけを望んでいる。この男によって与えられるものだけを望んでいた。
「は……っあ、あがた、あがた……ぁ……っ」
 願望は名前を呼ぶ声になってあふれ出た。蕩けた自分のそれが恥ずかしくて耳が熱い。
 それでも堪え切れなくて何度も呼んだ。安形は刺すような視線で佑助の顔を見つめている。同じように熱を帯びているのに、それを冷静に観察されているような目つきだった。
 行き場のないもどかしさを覚えて、佑助は縋っていた裸の背中から手を滑らせて自身の腰を抱く安形の腕を掴んだ。
 ゆるく中を責めていた動きが止まる。掴まれた腕をそのままにして、安形は佑助の鼻先に口付けた。
 無体な仕打ちとは正反対のやさしい仕草が嫌になるほど様になっている。胸が苦しい。
「どうした?」
 ここぞという時の甘い声に佑助の背が震える。緩められた唇に口付けて舌を押し付けて、同時に掴んだ腕を指先で撫でた。
 あからさまな強請り方にも安形は何も言わない。ただその鋭利な瞳で佑助を見ている。
「なか、くれよ」
「やってるだろ」
「ちがう、もっと……っなか、おく」
 腰を浮かせて、求めているところへ張り詰めた亀頭を導く。
 あとすこし、ほんのすこしだけ押し込んでしまえばひらいてしまう。電流が断続的に走るようなその刺激を期待して佑助は呻いた。
 言葉にして、態度にして、これ以上どうしたらいいのか分からない。涙さえ滲みそうになりながら強請る。
「奥じゃないといけない?」
「ち、がう」
 はっきりとした否定に安形の目が僅かに尖る。強情を窘めようとする顔だ。
 けれど佑助の言わんとしていることはそうではない。
 腕を離して、佑助はそろそろと自分を抱く身体に触れた。澄ました顔をしているが、肌は自分と同じように汗ばんでいる。
 筋肉の張った腹部、胸、鎖骨とたどる。筋の浮いた太い首を撫でて切り揃えられた毛先が触れる項を両手で抱いて、視線を合わせた。
「あんたのが、奥にこないと、いけない……っあ、あ!」
 言い終わるとほぼ同時に強く体内を抉られる。
 視界が白くハレーションを起こしたように歪んで滲む。息が止まり、全身が引き攣れたように軋んだと思った瞬間――求めていたそこに入り込まれたのを感じた。
「……奥、な。ここか?」
「あ、あっ……い、ふか、いっ……あがた、あ、っ、あ」
「逃げんなよ……欲しいんだろ?いかせてやるから、っ、きっちり入れさせろ」
 汗で滑る腰を両手で抱えられてがくがくと揺さぶられる。
 固く張った性器に身体の奥深くを責められて、本能的な恐怖が頭の隅を掠めた。けれどそれ以上の快感に塗り潰されてどうしようもなかった。
 望んでいたところがひらかれる感覚。一度中を突かれる度に全身へ痺れを伴う快感が襲い掛かってきてとまらない。激しい動きに伴って繋がったところからだらだらと液体があふれている。耳を覆いたくなるような音の合間に安形の乱れた吐息が重なって、佑助は言葉にできないほどの興奮を覚えた。
 その普段聞けない色気をはらんだ声がもっと聞きたいと思うのに、唇が欲しくなってしまってもどかしさに呻く。むずがるような佑助の声をやはりあっさりと拾い上げる男が小さく笑った。
 熱を持った唇を塞がれて舌を含まされる。入り込んできた熱い舌先を夢中で吸っていると、下唇を柔く噛まれて一度唇が離れた。そのまま息を吹きかけるようにいい、と囁かれて腰がくだける。求めていたどちらもを与えられた。反射的に好きだと思って、それから噛み締めるように好きだと繰り返した。
「あっ、あ、い、もう、いく、いく、あがた、やだ、あっ」
「嫌がんなって……っ、いけよ、そのまま」
「いやじゃ、ない、あ、いく、でる、いく、あがたっ、あ、う、あっ……!」
 奥の奥、本当にこれ以上は無理だというところまで深く抉られて息が止まる。
 殆ど同時に身体の中が蠢き、押し込まれた固い性器が脈を打って達した。
 触れられずにいた佑助の性器の先からもとろりと精液が噴き出るが、彼は射精とは別の絶頂に
押し上げられていた。指先一つ動かせない深い快感。思考がぼやけて何も考えられなかった。この男とこうならなければ、恐らく知り得なかっただろう快楽だ。
「……は、飲んでるみてえだな」
「あ……っは、あ、……っ」
 とくとくと注がれる精液に合わせるようにして体内が収縮するのを抑えられない。
 余韻が身体中に満ちていてなかなか戻ってこられなかった。
 力の抜けた佑助を支えて、安形は腰を引き達した性器を抜いた。ひらいた穴の縁から重力に従ってローションと体液がこぼれ落ちる。排泄にも似た喪失感にまた声が洩れた。
 佑助を抱えたまま器用に避妊具を外し、安形は膨らんだそれを足元に転がしていたビニール袋へ放り込む。それからごく自然な仕草で腰掛けていたベッドに佑助を横たわらせた。乱されていない清潔なシーツが肌に触れて心地良い。
 自身の下半身に垂れた体液諸々を拭った安形は、落としていた下着を身に着けて立ち上がっ
た。離れていく裸身を目で追っていると、男はすぐに戻ってきて、手にしたタオルで佑助の身体を拭き始めた。いつもと同じ流れだったが、何となく胸に込み上げるものを感じて、佑助は汗を
滲ませる安形の頬に手を触れさせた。
 僅かに目を眇めた安形は流れるような動作で顔を少し動かせて、ずらした唇で掌にキスを寄越す。
 甘えた気分も何もかも全部見透かされていて悔しい。悔しいから、少しだけやり返してみる。
「あんたのこと、」
「ん?」
「考えてたの、あんたのことだった。けど、それが余計なことって言うんなら」
 先程の、意識が外に向きかけた自分に対して、安形が言った言葉への答えだった。
 意趣返しになるように、もっと余裕を含ませて言いたかったのに、結局どこか子供っぽい言い方になってしまうのが惜しかった。
 言ったそばから気まずくなって無意識に目をそらすと、それを許さないとばかりに安形の手に
顔を取られて視線がぶつかる。
 ――その瞳はいけないと思うのに、見つめられると目を離せなくなる。あんたのことだよ、ともう一度呟いた声はやはり拗ねた子供のようで、けれどこの男はそれに心の底から満足した顔で
囁くのだ。
「ずるいこと言うようになったなあ、藤崎。堪んねえよ」
 この世で一番ずるい男の顔をして安形が笑う。滑ってきた唇が手首に音を立てて口付けて、佑助は背筋が甘く震えるのを感じた。