ライアー

 

 王子、と呼ばれた声がもしかしたら空耳だったかどうかなんて知りもしない。

 ただそれが何度か聴いた事のある声だった事と、その柔い独特のトーンが耳についたから聴こえたのだろうと思っただけだった。
 興味がない訳でもなかったがしかし気が向かずディスプレイを見つめたまま動かないでいる
と、その声音が心底楽しそうに笑いをこぼす。
 それに混じって聴こえる笑い声に、気付かない筈がなかった。
 どこかふわりとした雰囲気の、可愛らしい子だと思う。 無論その感情は客観的に見こそすれ、それ以外の他意は皆無に等しいものだったのだが。
 漸く画面から目を離して観察する。はた、と目が合った事に少なからず動揺していると相手は不思議そうに小首を傾げていた。
 そういえば、と横の彼が話を振ったことで少女の関心は逸れたが、何となく居た堪れなくて視線を戻せなかった。 少し恥じらいながら彼を特有の眼差しで見つめている。
 どんな、なんていうのは野暮だ。
 自覚だとかそんな確たる瞬間があったかどうかは分からないが、もう随分と前から自分は彼の事を特別な意味で好いている。
 だからといってその感情をどうする意思は無かったし、寧ろ一時の気の迷いというありがちな言葉で済ませられればと思っていた。
 なんて、嘯いてみる。実際はどうしようもないぐらいに彼に焦がれていた。 既に冗談なんてもので済ませられるものではなく、自分自身これを俗に言う恋愛感情のカテゴリに入れてよいものか考えあぐねている。
 これも嘘。結局はどうでもよかったのだ。自分の感情がどういったベクトルのものにせよ、それが世間一般的に言うアブノーマルな事象にせよ、全てが大した意味など持ち合わせていなかった。
 そう、意味などない。
 妙に苛立つ気持ちを抑えつつキーボードに指を滑らせる。 所詮は自分もリアリストなのだか
ら、最初から思いもしない仮説を立てる事もないのに、と嘲笑。
 それでも縋らざるを得ない矛盾が一層苛立ちを募らせる。嗚呼、嗚呼。
「スイッチ」
 呼ばれた名前が心地良く耳に馴染んで、それすらも今は煩わしかった。