込み上げるその感情に
「お前もなかなかいい性格してるよ」
ゲームのディスクをケースに戻しながら、その教師は独り言のように言う。
「……僕がですか?」
壁にもたれながらそう問いかけると、相手はぴたりと動きを止めた。
それから少し考えるように指をさ迷わせ、 目当てのケースを見付けるとゲーム機にセットし
た。その一連の動作を横目で何気なく眺めながら、次の言葉を待つ。
「そうだよ。お前」
「仮にそうだとして、どうして先生は僕がそういう性格だと思うの?」
なるべく不躾にならないように気を付けつつ返すと、顧問の教師はコントローラを置いて振り向いた。
今日初めて目が合った気が、する。
「お前はずるい」
面と向かって言われた言葉に僕はとっさに何も言えなかった。 瞳は冗談というより寧ろ真剣味を帯びたそれで、笑って誤魔化す事さえ出来ない。
教師の知らない部分を吐露されているようで酷く落ち着かないのは何故だろう。それだけ言うと彼はまた画面に視線を戻した。 ディスクの回る音がやけに耳につく。
どうしてか今日だけ来るのが遅い部員を筋違いに恨んで、平静を装いつつ話しかけた。
「僕がどうずるいんです?」
「そうやってとぼける所」
「なにに、」
「盾は、」
開いた口を呟かれた名前で遮られる。じゅん。ほんの一瞬、そこだけに込められた甘く優しいそれに気付いてしまった自分が、いた。
小さく息を吐いて髪を掻き上げる。ちり、と痛むその切なさに、どこかおかしささえ感じた。 続けられる言葉を思うとうずくそれが、紛れもない感情を現していて、つくづく滑稽だと思う。
本当に、どうして誰も来ないのだろうか。こんな時に限って。
「盾は、俺がすきなんだ」
そんなの、分かりきっている。
口にしかけた言葉をやっとの思いで飲み込んで、ふ、と渇いた笑いをこぼす。こういうふとした時に相手との人生経験だとか、 年齢の差を感じるのがやるせなかった。
それがどうという訳でもないのに、いやに心をざわつかせてどうしようもない。
この教師の言わんとしている事がそれ以上に今はっきりと分かる。ただそれだけが頭の中を支配していた。
そのいっそ愛しいぐらいの独占欲を、僕に示しているんだろう?
不意に教師は立ち上がり、オープニング画面で止まったままのゲーム機を置いて部屋から出ようとした。 え、と思わず洩らした声に、その人は普段と変わらない表情で言い放つ。
「それ、盾がしたそうにしてたから。来たら触らせてやって」
柔い笑顔で頷いた自分は、どれだけ欺瞞に溢れているのだろう。
(貴方の可愛らしい嫉妬なんて、僕のそれからすれば全然、全く)