恋について

 

 本を読む斉木の姿を見ていると目があった。
 顔を上げた斉木は俺の顔をじっと見つめている。物言いたげな視線に向かって、俺は何でもないと首を振り、見ていただけだと付け加えた。
 俺だってそんなに経験豊富な方じゃないし、知り尽くしている訳でもない。
 しかしそんな俺以上に、斉木はこういうことに慣れていないようだった。ただ見ていただけなんて言われて、そのままそれを何でもないことだと受け流すというのはどうにも納得できないらしい。
 案の定、斉木は疑問を残したような顔をしながら、手元の本へと視線を落とす。
 懲りずにその俯きがちの顔を見ながら考える。
 何でもない訳じゃないんだ。ただやっぱり好きだな、とかそんなとりとめのない思考しか無かったから、説明し辛いというだけで。
 それに本に集中している時の斉木は、真剣な顔つきの割にどこか隙があるようにも見えて、それを眺めるのも好きだった。
 自分の前で多少なりとも気を緩めている、そんな状況を噛み締めるのが幸せだった。
 と言いながらも、本を読んでいる時以外だって俺は斉木のことをよく見ていた。
 例えば、食事をしている時。
 甘いものを好む斉木が、綻ぶ顔を抑えきれず目の前のデザートに夢中になっている姿。最初こそ目が合うと表情を戻していたものの、最近では吹っ切れたのか、幸せそうな顔のまま好物を楽しんでいる。
 そういう顔が見たくて、何だかんだ店や新商品の情報を調べ続けた結果、やたらと甘いものに関する知識が増えてしまったのもまた、一つの幸せだと言える。
 他には、テレビを見ている時。
 本を読むことは知っていたが、斉木はテレビも好きだった。
 バラエティよりはドラマを好むようで、推理小説と同じように、ミステリーのドラマをよく観ていた。
 俺が好きな「魔眼探偵ジョーカー」には興味をそそられなかったようだが、それ以外のサスペンスや刑事ものは俺も何度か一緒に観た。
 並んで一つのものを観るというところも良かったが、謎解きに真剣になる斉木を見るのも楽しかった。
暗号やパズルのトリックが出てきた時は紙とペンを用意して二人で考えたし、俺が先に答えを見つけた時などは、感心したようにまじまじと見つめられて誇らしかった。

 寝ている時は、まだあまり見たことがない。
 そもそも一緒に眠ったことが数回しかなくて、俺はその度にひどく緊張してしまっていた。
 気付けば朝になって斉木が先に目を覚ましていたり、俺が先に起きた時も、斉木も程なくして目覚めてしまっていたりして、ゆっくりその顔を見ることはなかなか叶わなかった。
 それでも、一度も無い訳じゃない。
 明け方の薄闇の中眠る斉木は普段の冷静で落ち着いた雰囲気より柔らかく、大人っぽく見える表情は俺と同年代のものになっていた。
 思っていた以上に目が悪いのか、頑なに眼鏡を外そうとしないのが気にはなったが、その寝姿は安眠そのもので、俺は暫くその様子を見続けていた。
 眠っている斉木を見ている。それだけのことがどうしようもなく胸を締め付けていた。
 悩んで、苦しんで、それでもやっぱり、言葉にしてよかった、そう心から思った時間だった。
 薄い色つきの眼鏡の向こうで、黙々と字を追う視線。
 冷たそうに見える目つきが、柔らかく緩められる瞬間があることも、俺はもう知っている。
 それでも多分、俺は斉木を眺めることを止められないだろう。
 知っていることも、知らないことも全部見せてほしい。 そう、ずっと想い続けていたから。
 もう一度顔を上げた斉木と目が合う。いい加減集中できないとでも言いたげな顔に気まずさを覚えながら、薄く開いた唇をちらりと見る。
 今度は理由があるんだ、と言ったら許してくれるだろうか。
 そう考えた瞬間、鋭い彼の手が俺の服を掴み、ゆっくりと引き寄せた。