Kissing You

 

 空けておいてほしいと言われるがままに用意した二日間の始まりは駅からだった。
 待ち合わせていたコンコース内のカフェの中から、先に着いていた四宮が早々に創真を見つけて出てくる。
 前日も夜遅くまで仕事をしていたであろうにもかかわらず、四宮はそんな素振りをちらりとも見せずに、開口一番おめでとうと祝いの言葉を口にした。
 ありがとうございます、とつい数時間前にやりとしたメッセージと同じようにそれに応える。ただ液晶画面越しにみた文字列以上に心が満たされるのは、相手の顔を正面から直接見られたことに他ならない。
 予め訊かれていた希望通り、朝食と昼食を兼ねて話題のメキシコ料理店へ向かう。行きたい店は無いのかと問われ、少し前に滞在していた国の料理を挙げると、すぐに店を挙げてくれた。
 タクシーに乗り込んでからは取り留めない会話をした。
 近況や訪れた国の話、印象に残ったこと。電話やメッセージで連絡を取り合ってはいたが、何分互いに多忙を極めるため、腰を据えて話をしたのは久々だった。
「リヨンで見させてもらったんすけど、市民農園いいっすね」
「オーガニックの需要は拡大し続けてるからな。俺も新しくいくつか農園を見て回っている」
「相変わらずタフっすね」
「お前ほどじゃない。どいつもこいつも、一向に現在地が補足できないって愚痴っている」
 リズムよく弾む会話が心地良い。そんな調子で慣れたやりとりを繰り返して、目的の店へ向かった。

「タコスにラムか、悪くねえな」
「うまいっすね、クミンが結構きいてる」
 ビストロ風の店内は昼時には少し早いが賑わっている。モダンメキシカンの中に程よく練り込まれた和風のアレンジが舌に馴染むらしい。
 正面に座った四宮は小ぶりのタコスをゆっくりと味わっていた。具材がこぼれないように薄い紙から指先を離し、 テーブルに置かれたカップへと手を伸ばす。
 濃いネイビーカラーの袖口から覗く手首が、以前より少し厚みを帯びているような気がして、創真はピッチャーから水を注ぎつつ伺ってみた。
「……何かまたちょっとがっしりしてきてないっすか」
「自転車で動く距離を伸ばしてはいるが――何だ?」
「いや、モテんだろうなーって」
 眼鏡の奥の瞳が少し見開かれた。カップを持ち上げ、口をつけてゆっくりと中身を飲み干す。見慣れた仕草だったが、いつ見ても妙に様になっていた。
「お前だって引く手数多だろう。色々と噂は聞いている」
「あー何か、外国は結構言われるんすよね。日本帰ると全然っすよ」
 自分に対する問いかけは否定も肯定もせず、四宮はさらりと創真に話を向けてきた。
 噂、と言われるものがどんな内容かは想像つかないが、声をかけられることが増えたのは事実だった。 料理人ユキヒラの名前に敬意を表す者もいれば、人づてに聞いた話のみで興味を抱いて近付いてくる者もいる。
 その中には、親密な関係を望んでくるような口ぶりの人間もいた。
 あくまで創真自身の体感として、そういった出来事は海外で目立ったような印象を受けたが故の返答だったが、四宮は何故か物言いたげな視線を寄こしてきた。
 真意を探るようにじっとその瞳を見つめ返すと、軽く息を吐く気配がする。
「……いや、俺が聞いたのはむしろ日本での話だったがな」
「え、あ、そうなんすか」
 思わぬ指摘につい気の抜けた返事をしてしまった。まるで他人事のような物言いだ。そんな創真の様子に、四宮は毒気を抜かれたように笑みをこぼした。
 珍しくくつくつと声を漏らしながら残った料理を平らげ、同じく空になった創真の皿を確かめて四宮が立ち上がる。少し早いが行くか、と声をかけるその顔は柔い。
 どこへ、などとはわざわざ問いかけず創真も四宮の後を追い、今しがた味わったばかりの料理についてあれこれ意見を交わし合った。

「おおー……広い」
 促されるまま足を踏み入れた部屋を目にして、創真は思わず呟いていた。
 連れてこられたのは都心から少し離れた立地のデザイナーズホテルだった。
 広々とした客室は全体的に木目と緑で整えられており、 格調高い和のテイストを感じさせる。高級感と自然な居心地の良さが調和する空間に浸っていると、背後にいた四宮が前方を指差
した。
 示されたバスルームらしき扉の奥は、シャワーブースのような作りになっていた。更にその先の扉に手をかけて引くと、少し冷たくなり始めた夕方の風が吹き込んでくる。
「うわ、すげえ」
 張り出すように設えられたテラスと、その角に備え付けられた四角い木の枠。熱い湯をたっぷりと湛えた檜風呂に、創真は四宮の思惑通り釘付けになった。
「めっちゃいいっすねこれ。すげえのんびりできそう」
「まあ、好きに寛げ」
「あざっす!じゃあ早速失礼させてもらいます」
 満足げに唇を緩める四宮の後を追ってテラスを出て、シャワーブースを抜ける。
 脱衣所代わりの洗面台の前で服を脱ぎかけて、そのまま出ていこうとする四宮の背中に創真は思わず呼びかけた。
「入んないんすか?」
 せっかくの一番風呂、当然四宮も入ると思っていたため虚を突かれたような顔になってしま
う。
 振り返った四宮は、そんな創真の顔に何かを言いかけて、 仕切り直すように一つ嘆息した。
「……一人で悠々と満喫する方がいいんじゃねえのか」
「いや、むしろ背中とか流してもらえんのかなーって勝手に期待してたんすけど」
 言ってから何となく違和感を覚えて、すぐにその理由に思い至る。今までにも再三指摘されてきた、粗野な誘い方だと受け取られたのかもしれない。
 四宮という男に教えられたことはいくつもあるが、感覚に訴えるものでいえばこれが一番難しかった。
 曰く創真には、情緒が足りないらしい。順応性の高い気質はこと恋愛においても変わらず、欲しいと思えば相手の状態を伺いつつではあるが率直に伝える性質だ。
 しかしながら四宮はそんな創真を認めつつも、足し引きというものがあるのだと事あるごとに言い含めてきた。
 がっつくばかりでは色気がない、少しは引いて間をもたせることも覚えろ――現実主義とそれに相反しないロマンチシズムも持ち合わせている男の教示は、難しくはあったがそれと同じくらい愛おしく感じるものだった。
 それでも初めの頃に比べれば大分と学んだといえる。こうやって即座に考えが及ぶようになったのも、それが習慣化したが故の結果だ。
 それに言い訳めいたものにはなるが、本当にそういった意味を含んで問いかけた訳ではなかったのだ。
 ただ単純にこの素晴らしい設備を、 二人で共有したいと思ったからに過ぎない。
 じっと注がれる創真の視線に、その奥の真意を察した四宮が降参したとばかりに首を横に振った。
「変なことしないんで」
 そう重ねて手招きすると、四宮の表情が複雑なものになる。 どちらの台詞、などと意地を張るつもりはないのだろうが、そのまま流すには些か居心地の悪さを感じているらしい。
 先にシャワーブースを使えとだけ言い置いて去っていく背中を見送り、創真は今度こそ衣服を脱ぎ始めた。

 緩く温まった身体に夕方の風が少し寒い。粟立つ肌を擦りながら熱い湯に浸かると、途端に身体中から沸々と汗が噴き出てくる。 身体を芯から温める湯の温度が心地良くて溜息が漏れた。
 濡れた顔を手で拭い、髪を撫でつけて天を仰ぐと、僅かに開いた隙間から薄闇が覗いた。 雲もなく穏やかな空だ。もう少しすると星が見やすくなるだろう。
 足を伸ばし、深く息を吐きながら冷えた風を感じる。微睡みの端にいるようなゆったりとした快感に浸る創真の後ろで、扉が開く気配がした。
 何となく目を閉じたまま、少し横へずれて空間をつくる。言葉なく静かに隣へと腰を下ろしたその男が吐く溜息も柔らかい。
「あー……きーもちいいっすね」
「ああ」
「ゆっくり風呂入るのいいなーって言ってたの、覚えてくれてたんすね」
「近場にはなったがな」
「いや、最高っすよ」
 目を開き、隣を伺う。先程の創真と同じように、隙間から覗く空を眺めている四宮は、小さな声でそうか、と呟いた。
 落ち着いた笑みを浮かべるその、取り繕うものの何もない横顔に暫し視線を奪われる。今日を祝う為に、自分に対してあれこれ考えを巡らせてくれていたのだと改めて思い知った。時間や距離を挟んでも、変わることのない心を共に携えて。
「……本当、ありがとうございます」
 もう一度、心からの礼を口にすると、四宮が僅かに身じろいだ。
 湯に浸かっていた片手が持ち上がる。濡れたその手はそっと創真の頭に触れ、労わるような優しい手つきで髪を撫でていった。 不意にちらついた気を許す仕草に、胸の奥が切なく疼いた。
 思いやりに満ちた触れ方がどれほど自分の感情を揺らすのか、分かっているのかと問いかけたくなる。
 横目で四宮を伺うと、いつの間にかこちらに視線を向けていて目が合った。緩んだ唇の端に解けた心を垣間見て、言葉を無くしてしまう。
 キスがしたい、と思った。
 自分から保険をかけた手前決まりの悪さはあるが、キスだけならいいのではないかと一人柔軟に考え直して身を寄せる。 創真の意図を察した四宮はそれを拒まなかった。唇が触れ、久しぶりの感触にじわじわと熱が込み上げてくる。 次第に柔く押し付けるだけでは物足りなくなって、尖らせた舌先を相手の唇に押し付けた。
 流れる湯の音に紛れて、ぴちゃり、と微かに湿った音が聞こえる。
 舌が欲しくて、唇の間に自分のそれを挟ませるように滑らせるが四宮は一向に開いてくれな
い。勢いのまま思わず濡れた手で四宮の腕に触れると、 湯に浸かっていた指が再び髪の間へと差し込まれた。発汗する地肌をするりと撫でられて身体に力が入るのを感じる。
「……っ、ん」
 撫でていく指先は優しいのに舌は触れてこない。もどかしさに身体が揺れ、それに合わせて湯が波打つ。 入浴で上がった体温とは別の熱が押し寄せてくる。
「っ……う、わ!」
 衝動をごまかせないまま、更なる熱を求めて身体を近付けた拍子に、創真はバランスを崩して湯の中に沈みそうになってしまった。
 咄嗟に四宮の腕から手を離して檜の縁を掴むと、近付いたままの距離で四宮が小さく笑う。
「……あー」
 流石に気まずくて呻くような声が出た。四宮は緩く笑みを浮かべたまま、指を伸ばして創真の顔に飛んだ雫を拭う。
「のぼせたか」
「意地悪いっすよそれ……っ」
 掠れた声で返した文句は、意味ありげに触れてくる指の動きで遮られた。頬から唇の端に移動した指先が熱い。
 その熱を追いかけるように、創真は僅かに差し出した舌で指の腹を舐めた。目を眇める四宮の表情は背筋が震える程の色気に満ちていて堪らない。
「変なことしねえんじゃなかったのか」
「……すんませ、ん」
 素直な謝罪に四宮は喉を鳴らして笑った。今日は特によく笑うところを見ている、などと考えている間に、四宮の唇が近付いてきた。
 最初はこめかみ、次は額。やさしい口付けが幾度も落とされていく。頬を小さく食まれる感覚に息を漏らすと、その吐息ごと唇を塞がれた。下唇をあまく噛んでから、漸く舌が入り込んでくる。ぬるつく熱い粘膜を何度も擦るように舌が這い、創真は夢中になってその快感を追いかけ
た。
「……っん、……っう、」
 丁寧にしゃぶるように舌を吸われて息が苦しい。両手で顔を包み込まれながら交わすキスはどうしようもなく淫猥で深い。
 湿気と熱でぼやける思考の中、 無意識に裸の背中へ手を伸ばせば、唇を離した四宮がひそめた声で問いかけてくる。
「背中、流してやろうか?」
「だから、……っ、意地、悪いって」
 顔から首、うなじと通り過ぎた指が背中に辿りつく。触れられた場所からじわりと甘く痺れる感覚が伝わってきて欲を抑えきれない。
 熱く震える息と共に舌を突き出すと、じれったい程のゆっくりとした仕草で濡れた舌が絡んでくる。
 舌先を擦り合わせ、舐め上げると同時に唇の端の柔い部分をつつかれて、堪え切れない声が漏れ出た。
「……っ、も、う……っ、ン、ん」
 懇願じみた喘ぎに、更に深く唇が重なる。顎を支えられ、上向きの状態で唾液を絡めてキスを繰り返す。触れ合った裸身が焼けそうなほどに熱かった。
「は、あ……っ……」
 熱を持った唇を数度食んで、四宮が離れていく。注がれる視線に、創真は堪らず濡れて張り付く四宮の髪に触れて呻いた。
「……う、……あー、だめだ、すげえ、きもちいい」
「だろうな――まだ要るか?」
「要る、けど……出てからで。先上がってください、準備して、きます……っ」
 言い終わる前に四宮の掌が裸の胸に触れる。とくとくと早くなる鼓動を確かめるように指先が肌に触れていくが、直接的な 刺激は最早生殺しに近かった。
「……お前、本当にのぼせてねえだろうな。やってやろうか?」
「や、大丈夫っす――っ、なんか触られる、と……っ、も、いきそう、なんで」
 浅い呼吸を繰り返す創真を、四宮は気遣わし気な目で伺っていたが、率直な言葉に一瞬言葉を詰まらせた。 高ぶり過ぎている自覚はあったものの、制御しようにも熱がなかなか逃げていかない。
「……大丈夫か?」
「なんすかその目……大丈夫っすよ。何か違う意味でやばい気はしてるんすけど」
 羞恥を捨ててそう返すと、四宮の顔が近付く。触れ合って熱を持つ唇を駄目押しとばかりに噛まれて肩が震えた。
「っ……、だから、いくって」
 恨みのこもった創真の視線に微かに笑って、無理するなよと言い置いてから四宮はテラスを出て行った。
 創真も立ち上がり、熱を持つ身体を夜風にさらして深く息を吐いた。
 肌の表面は涼しい風によって緩やかに温度を下げていくが、芯はどうしたって収まらない。喉の渇きを覚えながら、創真はシャワーブースへと足を向けた。

 日の落ちきった部屋で室内灯を絞り、軽く水気を拭った肌を重ね合わせる。
ツインルームにしてはゆとりのあるベッドの片方で、創真は体内に埋め込まれる指の感触に震えていた。
「も、う、入る……っ」
 とろとろと潤う粘液をたっぷりと絡めた指が、身体の内側をなぞるように擦っていく。 自分で準備をした時とは全く違う刺激に、腰から蕩けてなくなるような錯覚に陥った。
 正しく愛撫と呼ぶべきそれに耐えられたことなど未だかつて一度もない。そうやって反応するように身体が変わってから、今の今まで。
 仰向けに寝ていた身体を浮かせ、下着に包まれた四宮の張りつめた性器に触れる。
 布越しにくびれの辺りや亀頭を形どるように辿れば、 指を抜くのと同時に、四宮がベッドサイドのコンドームに手を伸ばした。
「……熱いな、お前」
「は、あ……っ、そ、っすか」
 コンドームを被せた四宮の性器が押し入ってくる。熱い、と言われたのが重なった身体か、受け入れた体内かは分からない。
 ぐずぐずと浅いところを抉られて慣らされる。奥まで来てもいいという意味を込めて背中を搔き抱くと、形を思い出させるように時間をかけて 奥深くまで含まされた。
 目いっぱい広がった穴の縁から粘液が染み出して尻に伝う。その感触までもが快感となり、創真は息を詰まらせながら喘いだ。
「っあ……、う、し、しょう、……っん、ん」
「……キスは?要らねえのか」
「う、要る、っ、ん……ん、ン」
 変わらない意地の悪い問いかけに、創真は恥も外聞もなく求めた。覆い被さってくる四宮の顔に手を伸ばし、温かい唇を何度も乞う。
 今日ぐらいは、好きに求めたって構わない筈だ。一年に一度きり、何が欲しいか尋ねてもらえる、今日という日ぐらいは。
「……っ、舌出せ、幸平」
「う……っ、それ、やばいっす、舌、なめられたら、いく……っ」
「いかせてやるから出せよ……っ」
 こちらの望みを見透かすような強い視線に刺されて抗えない。口を開き、散々噛んで吸われた赤いそれを差し出せば、四宮は珍しく目を閉じないまま、 舌をやさしく舐め上げた。
「ン、ん……っ、う、あ、いく、でる、あ……っ」
「……っ……」
 達する瞬間の声ごと飲み込まれるように唇を塞がれる。それと同時に上向きに感じる部分へと突き入れられ、創真は身体をしならせて達した。
 絶頂を追うように四宮も息を荒げる。体内でびくびくと震える感触に小さく喘ぐと、口付けたまま四宮がそっと名前を呼んだ。
 普段よりもずっと感じ入った身体を、乱れていない方のベッドに投げ出して欠伸をする。 もう一度湯船に浸かりたいとも思うが、もう少し心地よい倦怠感を味わってからでもいいかと創真は一人思い直した。
「悪かった」
「全然っすよ」
 急ぎの電話を終えた四宮がベッドの傍へと近付いてくる。手には創真が頼んだ水の入ったグラスと、空のワイングラスがあった。
 水のグラスを創真へと手渡し、四宮はワイングラスをサイドボードに置いてベッドの端へ腰かけた。 それからその下に置いてあった袋を取り出し、中から一本のボトルを引き出して見せる。
手慣れた手つきで栓が開けられ、グラスに赤い雫が満ちていく。
 深い赤と芳醇な香りを楽しんでから、四宮はゆっくりとその雫を味わった。
「師匠」
「なんだ」
「俺にも」
 創真の注文に、四宮はグラスを置いてその頬に触れた。少し熱の引いた舌が口内に入り込み、奥深い味と香りを擦り付けるように絡んでいく。
 初めてワインの深みを知ったのも、こんな状況だった。
 味だけならもちろん知っている。料理に含まれる微かな風味や残り香、食材としての味わいなら理解していた。
 ただこんな風に鮮烈な感覚があるのだと知ったのは、この男からこうして教えられたからだ。
思い返せばやはりどこまでも、男から教わったことばかりだった。酒も、料理も、ベッドでの振る舞いもすべて。
「何笑ってやがる」
「いや、師匠の誕生日はどうしようかなって。色々もらってばっかなんで、何か返したいんすけど」
 ストレートな問いに四宮は面白がるように目を細めた。唇が微かに動いて何かを言うが聞き取れない。
 何すか、と訊き返す前に、グラスを置いて自由になった手が創真の肩を押す。後ろ向きにベッドへと倒れ込んだ創真の耳に、四宮が顔を近付けてきた。
 吐息と共に、味わったばかりのワインの芳香が漂う。
「精々悩んで頭悩ませて――それから寄越せよ」
 俺の欲しいものを。
 まるで考えることそれ自体が贈り物だと言わんばかりの口ぶりだと、言いかけて正解に気付
く。貪欲な要望に創真は一人笑って、温かな背中を抱きしめた。