意図し恋

 

 背筋から冷え込む空気に、俺はひとりぶるりと身体を震わせた。
 下校時刻も過ぎようとして本来なら真っ先に家に帰っている頃なのに動かないでいる理由は、自分でもよく分からない。寧ろ然したる意味が無いからこその行動なのかもしれない、と背中を丸める。
 ただぼんやりと頬杖をついて眺めるのはテレビの前に座ってRPGに勤しむ男の背中で、 寒さと眠気の間で閉じかかる瞼を思いながらもそれを止める事は無かった。
 細めの髪が揺れる。 いつかの奴の髪色が黒くなった夢を思い出して、あれはあれで新鮮味もあって良かったけれど 自分はやっぱりこの色が好きだと思う。
 好き。さらりと出た言葉は何故か酷く重く感じられて、俺は目を閉じた。 テレビから聴こえる効果音はダンジョンらしい重厚なBGMをバックにしている。
 この男はいつまでいるのだろう。入ったばかりのダンジョンをすぐ出る事も無いだろうから、あと暫くはいるのか、どうか。
 答えを求めるように目を開けてその背中を見ると、振り向いていた瞳と視線がぶつかった。
「部長、ずっと僕の事見てる」
 固まる自分にいやらしい笑みを向けて、真道市はそんな事をのたまわった。 気付かれる程見ていた訳でもないと思っていたのだが、指摘されるとやはり居心地が悪く俺は誤魔化すように目を逸らした。
 下手な言い訳をすればいいようにからかわるのがオチなのは目に見えている。 頼むから放っておいてくれと勝手な願いを込めてはみるが、相手がそんな可愛い性格をしているかと言えばもちろん真逆だ。
 いつの間にか電源を切っていたゲームのコントローラを置いて、真道市が近付いて来る。 中ボス倒さなくていいのかよ、なあ。
 反射的に身を引く俺に真道市は嫌味なそれでにっこり笑って、ぴたりと身体がくっつくぐらいの所に座ってきた。 当たり前だが、近い。
「手、冷たい」
 冷え切った指先を筋張った器用そうな指で包まれる。先程までコントローラを弄っていた手はほんのりと温かく、体温の低そうな相手にしては珍しいと単純に驚いた。
否、俺の偏見ではあるが。
 じん、と伝わるその温もりについ落ち着いていると、不必要に口を耳元に寄せて隣の男が囁いた。
「見惚れてた?」
 馬鹿野郎。そんなそこらの女子みたいな事なんてやってたまるか。
 そう言ってやりたかったのだが言葉と一緒に吹き込まれた吐息に、悲しきかな律儀に身体が反応してしまっていた。 何でコイツはこんなにもいやらしいんだ。
 こうなってしまうともう厄介なもので、触れている指先の動き一つでも過敏に感じ取ってしまう。 それを見越してやっている真道市が腹立たしく、俺は横目で睨みながら唇を噛んだ。
「河野、」
 は、と吐いた息が笑えるぐらいに震えていた。 既に大人しく重ねられていた筈の奴の手はよからぬ動きをし始め、それに俺はどうする事も出来ずにいた。
 身体の中心に熱が高まりだす。 寒さとはまた違う感覚が背筋を撫で、どうしようもなくなって子供のように真道市の服の裾を掴んだ。 耐え切れないと見詰める俺に相手は笑って、あろうことか身体を離して立ち上がった。
 思わずそれを目で追ってしまい、羞恥でかぶりを振る俺に真道市はやはりその端正な顔で嫌味に笑う。
「さて、そろそろ帰らないと。部長も一緒に帰る?」

 答えなんて、決まっている。