花守のひと
初めて彼女を見た時、なんて綺麗なんだろうと思った。 目も手も声も、立ち振る舞いさえもが美しくて、思わずじっと見入ってしまった。
嫉妬とか羨望とか、そういう同性に覚える感情は少しもなくて、ただその眩しいぐらいの美しさに目を奪われた。太陽、光、いくつかの形容詞を並べた後、ふと一つの言葉を想い浮かべた。彼女はそう、可憐に逞しく咲く花のような人だった。
「知予!」
綺麗な声が私を呼んだ。私は顔を上げ、声がした廊下を見る。その人は小走りで駆け寄ると、私に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんね、待たせちゃって……本当にごめん」
「もう、そんなの気にしないで。全然待ってないんだから」
眉を寄せて落ち込む彼女に、私は微笑む。彼女の表情が曇ると、どことなくその周囲までもが彩度を落とすように見えるから不思議だ。
もちろん、どんな表情であれ彼女の輝きが失われることなんてない。それでもやはり暗い顔を見るのは心苦しくて、私は努めて明るく彼女を促す。
「ほら、行こう?」
連れ立って歩き始めながら、私は彼女にもう一度笑いかける。ほっとしたように唇を綻ばせる彼女は、今日も澄み切った美しさを纏っていた。
その魅力は美貌だけじゃない。待たせた私を気遣う所はもちろん、彼女はきっと、授業終わりに話しかけてくる数多の男の子一人一人と、きちんと接してからここへ来ているのだから。
綺麗で、誰にでも思いやりを持って接する彼女。そんな彼女と二人、並んで下校するような間柄になったのはもちろん、理由があるから。
誰にも言えない、二人だけの理由が。
よく訪れるカフェの片隅で、彼女と向き合って座る。飲み物を注文して、二人でそれを飲みながら、他愛の無い話をする。
初めこそ何を話したらいいのかと戸惑ったけれど、仲良くなってみれば何のことは無い、彼女だって同年代の女子の一人だった。
といってもそれを知るきっかけになったのはやはり、彼女の秘密を知ったからだった。
「ね、ねえ知予」
会話が途切れ、私が飲み物を口にしていると、彼女はおずおずと口を開いた。
「なに? 心美」
「うん……」
「いいことあった? あの人と」
少し意地悪く、からかいを込めて聞くと、彼女は途端に見て分かるほど狼狽えだした。
白くてすべらかな肌にさっと赤みがさす。視線が合うとふっと目を伏せる仕草は、まるで何かのヒロインのように自然で魅力的だった。 周囲の視線が、より集まるのを気配で感じる。彼女といるだけで注目されるのにもかなり慣れた。それに確かに今の彼女は男なら、――女であって
も、目を向けてしまうだろう。それほどまでに彼女は輝かしかった。
「心美、嬉しそう」
私が微笑むと、彼女はちらりとこちらに目を向け、諦めたように小さく頷いた。柔らかい、花弁のような唇がぽつりと呟く。
「最近、私ばっかり話してて……ごめんね、知予」
「謝ることなんてないよ。私たち友達でしょ?」
「知予……」
「それに私の話もちゃーんと聞いてもらうから。だから思う存分話して、ね?」
おどける私に、彼女は綻ぶように微笑んでくれた。そして少しずつ彼のことを話し始める。私たちの秘密の話。彼女が好きな、彼のことを。
好きな人の話をする彼女は、本当にどこにでもいる女の子と変わらなかった。その美貌で男の子なんて引く手数多だと、彼女をよく知らなかった私は勝手に思っていた。
けれど以外にも彼女はそういう関係とは、距離があったようだった。 だから彼の話をしている時の彼女は、眩しい美しさを湛えながらもどこか初々しく、私はその新鮮な姿を見られることがとても嬉しかった。
彼女が口にする、私からすれば殆どラブレターのような言葉を聞きながら、私は彼女をこんな風に変えてしまうその人を思う。
粗暴でガサツ、クラスの評判もあまり良くないけれど、私自身何度か関わって、根っからの悪い人じゃないことは分かっている。斉木君や――海藤君だって、よく彼と一緒にいる。
誰も差別せず、平等に優しく接する彼女のことだから。きっと私が知らない、気付かないような彼の良い所を見て、好きになったんだろう。
胸にしまってて――そうまで言われてしまった以上私に出来るのは、彼女の想いが叶うよう、応援することぐらいだ。
それともう一つ。私たちの秘密、彼女の想い人の話を、飽きる程聞いてあげることも。
息が止まりそうな程綺麗な微笑みを眺めながら、私は彼女の幸せを願う。私の願いなんて彼女にとっては意味を成さない、些細なものかもしれない。
それでも私は心を許してくれた彼女の笑顔が、――優しい光に満ち溢れた彼女の思いが、どうか届きますように。そう何度も、願い続けていた。