鳥束×斉木 R-18「コントローラブル」 本文サンプル

 

■1p~

 間延びした教師の声が、教室を緩慢に満たしていく。 気怠い昼下がりの空気に、鳥束はこっそりと欠伸を噛み殺した。
 何となく視線を彷徨わせると、教卓の近くで寛ぐ幽霊が目に留まる。 彼もまた、締まりのない顔を浮かべていた。眠気はおろか怠さすら感じない存在の筈だというのに、妙に俗っぽいのが面白い。生を失っても、元は人だ。感覚や、嗜好の全てを無くす訳じゃない。その人間が生きた証はきっと、記憶が消えたとしても、確かにそこに存在している。
 彼から視線を外して、鳥束はぼんやりと黒板を見つめた。壁を挟んだ向こう側、座っている筈のその人を思い浮かべる。 捉えどころが無く、向けられる視線はいつも冷えていた。時折ふっ
と、消えてしまいそうな気さえするその人に、好きだと言ったのは昨日のことだった。

 超能力者がいる。そんな話を幽霊から聞いた時、鳥束は素直に驚いたことを覚えている。 別段疑いは無かった。幽霊の話は基本的に確かであるし、自分のこともある。そういう人間がいてもおかしくはない、そう納得していた。ただそれに対して、特に仲間意識のようなものを感じた訳ではなかった。境遇こそ似てはいるがそれだけで、そこに無条件に共感を挟める程、無神経ではないつもりだった。 我欲と、好奇心。そんな単純な理由からその超能力者の元へ赴き、そしてあっさりとあしらわれた。
 話で聞いた以上にその能力は強く、加えて厄介だった。彼は鳥束の素性を事前に知った上で迎えた。やってくる男が、己の平穏な生活を脅かす存在になり得るか。
 それを確認する為に。扱いに困る程の強大な能力、しかしそのことよりも鳥束は、それを持ち得た彼に興味を持った。何でも叶う力を持ちながら、その男はとても無欲な目をしていた。透視を避ける為かそれほど長く視線は合わないのだが、その印象的な瞳は、鳥束の記憶に強く刻み込まれた。
 読めない人だと思った。こちらの心は読まれているのに、彼の中身は一切見えてこない。そう思った時、彼が小さく自嘲めいた笑いを零したこともよく覚えている。
 それが無欲でも何でもないことを思い知ったのは、後になってからだった。彼は全てを諦めていた。達観し、一人遠い所で周りを見ていた。見ざるを得なかったのだ。
 その後、彼の学校に転校したのは本当に偶然だった。初日に会うなり有無を言わさず引き摺られ、彼の望む目立たない生活を壊さないようにと釘を刺された。もちろんそんなつもりは元よりなかった。気ままに楽しく、女子に囲まれて過ごせればそれでいいと思っていたし、彼の力に何か過度な期待を寄せることももう無かった。
 久々に顔を合わせた彼は、相変わらず遠かった。自宅にいた時よりもずっと気を尖らせ、ささやかな安寧を保つのに必死なように見えた。鳥束はそれを知りつつも、ただ漠然とした息苦しさを思うしかなかった。それでも多少、周りの人間とは距離感が違っていた。伺い難い彼の思考の中で、唯一推測できることでもあった。それを好感と取るか、はたまた秘密を共有した以上、気が抜けないから警戒されているだけと取るかは別の話だ。恐らく後者が現実なのだろうが、いずれにせよ彼の中で鳥束の存在が、ただのクラスメートでは収まらないことは確かだった。
 鳥束自身はその関係を、打算を抜きにしても 好意的に受け取っていた。あえて不謹慎な言い方をするなら、いつも冷静な彼の表情が予期せぬアクシデントで多少なりとも変化する、それを間近で見られることに、優越感にも似た、どこか満ち足りたような感情を抱いていたのだ。遠のいていた彼が、自分と同じ所まで近づいてくる。そんなことに、妙な小気味の良さすら覚えていた。
 そういったある意味では近い関係をいつしか、ひとつの親しい友人同士のものであると擦り合わせていたのかもしれない。恐らく、いやきっと、彼にはそんな意思などないのだろうが。
 それから彼とは何度か関わっている。困った時に縋ったり、計らずとも彼に協力したり、様々な出来事があった。けれどその出来事の中に、何か具体的なきっかけがあった訳では無い。 それならば口にした好意の言葉は嘘なのかと自問すれば、答えは否だ。
 その部分だけは否定できるのに、肝心の感情の根源については、酷く曖昧なままだった。 ただ、引き金のようなものならあった。


■7p~

 「あの、すんません。斉木さんいます?」
 目が合った彼女は、鳥束に訝しげな視線を向けたが、顔を覚えていたらしい。ああ、と合点がいったように呟き、柔らかくパーマがかかった髪を揺らして鳥束の顔を伺う。
「君、転校生の……えっと、みんなの守護霊見てた人?」
「あ 、そうっス。鳥束零太っていいます」
「ふうん……何だっけ、斉木?ごめんね、あたしこのクラスじゃないからよく知らないの」
 彼女は気怠げにそれだけ言うと、鳥束の横をすり抜けていく。すれ違いざま、漂う甘い香りと共に微かに、手が触れ合う。思わず振り返ると、彼女もこちらを見ていて微笑まれた。
「またね、鳥束くん」
 そこで初めて気が付いた。彼女がとても――とても、魅力的だということに。


■17p~

 「何、なんスか」
 行き場を失った手が下駄箱を叩く。派手な音が鳴り、周囲の視線が一気に集まる。彼はそれを心底嫌がるように眉を潜めた。
 こんな時でも彼の思いは鳥束ではなく、その行動に向いている。吐き気がする程の苛立ちが込み上げてきて、鳥束はそれを 抑え込む為に声を押し殺す。
「ねえ、何なんスか。言いたいことあるならはっきり言って下さいよ、わざとらしく前なんか通っちゃって。当てつけか何かっスか?」
 鳥束がいることを分かっていながら彼は、わざわざ玄関にやってきた。散々避けておいて今日になって、いきなり前を通り過ぎるなんて行動に出てきたのだ。
 その不自然さに気付かれていることも承知している癖に、彼は何も言わない。――いつだって彼は何も言わない。言ってはくれないのだ。


■32p~

  半分ほど潜ったところで、身を乗り出して彼の唇を舐める。促す前に舌が覗き、ざらつく表面を撫で合う。 手で触れるそれと同じように撫でると、彼の足が鳥束の腰を蹴った。どうやらこれに弱いらしい。 そのどさくさに紛れて残った部分も一気に埋めた。肌と下生えが擦れる感触に唇を離す。
 中に入っていた。紛れもない、彼の中に。鳥束は暫し呆然としてしまう。見下ろした彼は、疲れたように長い息を吐いた。何か言いたいのに、うまく言葉に出来ない。
 胸が苦しかった。 確かに満たされている筈なのに、新たな欲望が次から次へと噴き出してく
る。 腰を強請りながら、鳥束は彼を見ていた。
 眉を顰め、苦しさに耐えながらも彼は鳥束の背に手を伸ばす。 次第に滑りが良くなり、動かす感覚を短くしていく。粘性のある音が聴こえ、腰がまた甘く重みを訴える。