クロウ・クロウ・クロウ
その顔の一部から頭に伝わる熱に、風邪の様な熱っぽさを覚える。
寧ろこれは酸素不足からくる一時的な体温の上昇なのだろうと、拳を握り締めて思い直す。それでも一度離れて首筋を辿るその温度は、確実に自分の思考を溶かしていた。
「ッ、う、」
軽く立てられた歯に小さく唸ると、やらかした張本人が上目遣いに薄く笑った。 そのまませり上がってくる痺れは耳朶を経由し、熱い息を吹きかけて裏を擽る。
は、と吐いた息は思いがけず熱を帯びていて、回らない頭ががんがんと煩く喚いた。
脳内が正常ではないのをいい事に、相手は自分の身体を壁により密着させ、自身の身体と挟む様に立つ。 押し付けられて軋む骨に顔をしかめていると、また例の呼吸困難が襲った。
この場の雰囲気と不釣合いに優しく触れるそれに戸惑う。と、気を抜いたその時。
「……ぐッ!」
鋭く噛み付かれて滲む鉄の味。見ずとも分かる、きっと切れたのだろう。
思わず眼前のその顔を睨みつけると、奴は常識から外れたとんでもない眼でこちらを見据えていた。 確実に「欲情」という衝動を映した、眼で。
「宏海」
びくり、と身体が震えた。 刹那、何事か言おうと開いた口は先程とは違い完全に相手に塞がれてしまっていた。
口角から腹の底まで犯すかの如くそれはにじり寄る。 そしてついに、肉厚の舌がぬるりと内部を侵食し出した。
「んんッ!」
蛇の様に入り込んだそれは驚く程熱い。 ちろちろと上顎を煽り、歯列を器用に嘗め回してまた確実に自分の体温をも上げる。
流されそうになる意識を必死で保とうと腕に力を込めるが、身じろぐ前にやんわりと抑えられて終わってしまう。 何だ。 何なんだ、この行為は。
すぐにでも離れたい筈なのに、動けない。否、動けない訳ではない。 そうだ、その気になれば少し気が引けない事もないが、相手を殴ってでも離れられるのだ。
なのに、何故。
少しずつ快楽に全てが沈み始めているのを感じながら、それでも自分は蹴り一つ入れていな
い。矛盾する感情に頭が痛くなる。女々しく、涙が薄く膜を張る。
舌が咥内を這い回れば這い回る程、感覚が麻痺しておかしくなる。いや、もともとおかしかったのだろうか。
じゅるりという生々しい音を合図に絡みだした両の舌は、ある意味不気味でしかしそれでい
て、 快感そのもの、だった。
不意に視界が明るくなって、肺に空気が満たされた。 触れ合っていたそれは一度抜かれ、湿った表面をゆっくりなぞると、軽く吸ってやっと離れた。
感じていた圧迫も弱くなり、と同時に、情けなくもだらりと座り込んでしまった。
喉にある違和感を吐き出す様に咳き込む。落ち着いたら目の前の人間をどうしてやろうかと、頭の隅で考えていると。
「感じたか?」
抑揚のない声で、そう問う。 途端にどこかへ追いやられていた羞恥心が顔を出し、冷め始めていた身体が再び火照る。
この野郎。そう言いたかった筈なのだが、開いた口からは詰まった声しか出なかった。
「感じたかと聞いてるんだ」
「お……ま、何を……っ!」
「実界人と間界人の差だな。どれ程あるのか確かめてみたかった」
王子の嫁探しにも関わってくる、と。 さらりと言い退ける相手に、怒りというにはあまりにも脆過ぎる感情を抱いた。
そう、これは怒りというより。
「っ、クソがッ!」
そう吐き捨てて教室、そうだここは下校時間をとうに過ぎた教室だったのだ、を飛び出した。
誰かと肩がぶつかったが構う余裕もなく、衝動のまま走る。 ようやく校内から出た後で、腕に奔る鈍い痛みに気が付いた。
爪の、痕。 赤くみみず腫れたそれは、数分前の出来事を鮮明に脳に蘇らせた。何も考えず、指で辿る。
痛みの所為か、視界が酷く霞んだ。