As you like

 

 羞恥心が無さ過ぎるのだ、と四宮は眉を潜めてその姿を眺めていた。
 閉ざされたカーテンの向こうから日差しが差し込もうとしている。訪れる朝の気配に目を覚ました彼が身体を起こし、軋む筋肉を伸ばそうと身体を捻ると、そのすぐ隣で眠る存在があった。
 新鮮な空気に透ける寝顔は穏やかで、規則的な呼吸が寝室をやわらかく満たしている。強引に作った隙間の時間は、互いの身体をそれなりに疲弊させた。結局何度かキスをしただけで、その後は並んで眠りについて、朝を迎えた。
 寝起きのぼんやりとした思考が緩やかに解かれていく。
 シーツに手をついた指先が眠り続ける身体の熱を受けて、ほのかに温まる。吐き出した息に滲む隠しきれない高揚が、四宮の満たされた心の内を浮き彫りにしていた。しかし。
 寝顔から視線を下へと向ける。男二人でも十分に余るベッドのスペースを悠々と使って、彼は眠り込んでいた。
 しかしながら大人しい表情とはうらはらに四肢は目一杯伸ばされ、きちんとかけられていた上掛けは四宮の身体へわだかまって押し付けられている。さらされた上半身は寝乱れているとしか言いようがない有り様で、シャツは捲りあげられ剥き出しの腹部が派手に覗いていた。下に履いた緩い素材のジャージに乱れがないことを幸いというべきか。
 早い話、盛大な寝相だった。
 暫くその姿を眺め、四宮は溜め息混じりに首を振った。
 その自由奔放な寝姿には恥じらいなど一切無く、例えるならまるで修学旅行の一夜だった。とはいえ別にそこらの初心な女のように振る舞えと四宮とて思っている訳ではない。
 そもそも相手は男かつ小生意気な後輩で、四宮からすればまだまだ色恋とは程遠い子供の筈だった。色気など最初から期待はしていない。
 しかしこうも開けっ広げられていると流石にどうだと言ってやりたくなってくる。
 気を許し緩めているであろうその様に思うところが無いといえば嘘になるが、それで全てが収まる訳ではない。
 四宮はもう一度溜息を吐いてから、眠る創真にゆっくりと手を伸ばした。
 恋人に対するそれというよりは、料理以外のことに関してはとことんマイペースかつ年相応な後輩に世話を焼くような思いで、寄っていた上掛けを広げてかけ直そうとする。
 すると眠っていた創真の瞼がぴくりと動き、それにつられて瞳がそろそろと開かれた。寝起きで焦点の合わない視線が、見下ろす四宮の顔をとらえた途端、瞳の奥に強い光を宿らせて満ち足りたように笑うから一瞬言おうとした言葉を見失う。
「何時、っすか」 
「――5時。あと30分なら寝惚けるのも許してやる」
「了解っす……あー、眠れました?」
「おかげさまでな」
 たっぷりの皮肉を込めてかけそびれた上掛けを手に、未だ捲り上がったままの腹部に目をやってから言ってやる。
 すると創真は今やっと気が付いたとでもいうように、緩く欠伸をこぼしながらものろのろとシャツを引き下ろした。剥き出しだった肌がようやく衣服に覆われる。
 そのまま放り出していた四肢を更に伸ばして身体の強張りを解き、溜まった温かい息を吐き出す様はさながら野生の獣のようだ。手のかかる後輩から更なる変化を遂げつつある存在に、見失っていた小言を思い出して四宮は眉を寄せる。
「やっぱり眠れなかったんすか?」
「いや」
 その表情から何かを読み取った創真は、仰向けの身体を半回転させ、四宮の方を向いて横になった。
 すっきりとしたその表情は覚醒しきっている。朝に強いのは料理人の性質だ。
 しかし寝起きからさ迷うことなく見つめてくるその瞳に、殆ど反射的に妙な心地を煽られるのがどうにも厄介だった。
「――お前に羞恥心は無いのか」
「何すか、その失礼な質問」
 込み上げるむず痒さを吐き出すように口にする。 言われた創真は一瞬何を言われたのかと固まったが、間を置いて一人前に憤慨してみせた。
 四宮からすれば至極真っ当な言い分だ。しかし創真にとっては藪から棒の文句だったらしい。仕方なく四宮は先程まで剥き出しだった腹部に再度目を落とした。
 視線の行く先を追いかけた創真は、それで四宮の言わんとすることを察し、少しだけばつの悪そうな顔を見せた。その物珍しい表情につい唇を吊り上げて、四宮は小さくガキが、とからかいを含めて呟く。
「すんません、大丈夫っすか?蹴るとか」
「いや?それよりよく眠れたようで何よりだ」
「だからすんませんって」
 そう言いながらも、正直な男の顔はどこか物言いたげだ。
その真意を探るべく、あえて視線を逸らさずじっと見続けていると、やがて創真は観念したように笑って言葉を吐き出した。
「細かいなーとか思ってました。実は」
「……バレバレなんだよ。俺だって別に今更お前とガキ臭い恋愛事にかまける気なんてねえ。志向の話だ」
「志向?」
 シーツに頬を押し付けたまま創真が首を傾げる。
 予想していなかった返答に興味をそそられているのがありありと分かる。料理はもちろん、それ以外の未知なる事象にも好奇心を絶やさない姿勢を、四宮は素直に好ましく思っている。ただしその反面、妙なところで鈍い節があることも嫌というほど思い知っている。
 だから時折自らの気質を少し緩めて、言葉を押し留めることなく口にする。掴んでいた上掛けを離し、シーツに沈む創真の首に指を伸ばす。襟元に指の先を引っ掛けて、覗いている鎖骨より 少し下を柔らかく押し込んで唇を動かした。
「隠されてると見たくなるとかそんなことだ」
「……あ、それならちょっと分かるかもっす」
 存外すんなりと頷かれ、疑う視線を向ける四宮の腕が不意に掴まれる。引き寄せるでもなくただ緩く絡めとるその様は、動きを封じるようにも見えた。じっとされるがままその拘束を受け入れて、何かを言おうとする創真の顔を伺う。
「俺もそういう感じで好きになったんで。師匠のこと」
 ――不意討ちが成功したことに気付いているのかいないのか、創真はそう口にして、実に機嫌良く四宮を眺めた。
 背筋を焼くささやかな熱に息を吐き、離す気配のない腕に触れている手を取り上げて、四宮は指先に唇を寄せる。
「30分しかないんじゃなかったんすか」
「寝惚ける時間はな」
 そのまま横たわる身体を跨いで覆い被さる。朝の光を浴びていた顔が影に覆われる。見上げてくる瞳の奥を探りながら唇を重ねた。
 滑り込ませた掌で今は隠されている脇腹に触れると、飲み込んだ創真の息が震えるのが分か
る。唇を話してもう一度瞳を覗き込み、生意気に煽る視線の奥に覆い隠されている欲が見え隠れしていることにひっそりと機嫌良く笑う。

 ――どちらかといえば、隠されているというより、自らの手で引き出すのが良いのかもしれない。
 四宮は一人そう自覚して、未だ出てこない温かい舌を追いかけるべく口付けを深くした。