朝を迎える

 

 愛用のコーヒーメーカーが湯気と共に鼻を擽る芳香を漂わせる。
 その隣には同じように、ステンレスのケトルが音を立てて湯を沸かせている。
 キッチン台に置かれたカップは二つ。使い込んだ馴染みのある白いカップと、同じ白だが少し間口が広めの、新しいカップ。
 どうせなら違う色にすれば分かりやすくていいのにと一応は指摘したが、彼は予想通り首を振ってこれがいいと譲らなかった。
 自分の中でこうしたいという思いがある以上、彼はそれに従う。戸惑うこともあったが、そういう彼の姿勢を、真琴は以前よりも自然に受容出来るようになっていた。
 それは彼という人間に出会い、その姿をすぐ傍で見続けることによってもたらされた、はっきりとした真琴自身の変化だった。
 尤も、音楽のことならともかく、これに関してはそもそも彼の意志に反して言い合うような内容でもない。端から諍いとは程遠いところにある応酬だ。
 それに恐らく、彼がその色にこだわった理由は、真琴にとっても重要でなおかつ言及するには些か気恥ずかしいものであろうことが伝わってきていた。
 だから選ばれたそのカップは、真琴の普段使いのそれと共に、キッチンラックの一番取りやすい手前に鎮座している。
 ドリップが終わったのを確認して、真琴は蒸気を噴くケトルが置かれたガスコンロを切った。
コーヒーを淹れるまで、湯が沸くまでと先延ばしにしてきたが、どちらも終わってしまった。
 壁に掛けられた時計を確認する。そろそろ時間もいい頃だろう。
 ダイニングキッチンを離れて廊下に立ち、玄関へ向かって左手の部屋へ入る。反対の部屋は勉強用に使っている為、こちらは実質寝室兼趣味の部屋だった。
 閉めきられたカーテンの所為で朝だというのに室内は薄暗い。
 部屋にあるのは壁際に設えられたベッドと、いくつかの本棚。あとはセットコンポとCDラックが置かれているくらいで、目立つものはなかった。
 ――否、今はむしろ家具よりも何よりも目立つ存在が、ベッドの上で微動だにせず横たわっている。
 真琴は静かに窓際へ近付き、仰向けで寝入るその姿を見下ろした。
 カーテンの隙間から僅かに漏れ出る光が、眠る京の輪郭を柔らかくぼかしている。
 マイクの前に立って己を歌に込める時とは対照的な、緩んだ空気が彼を包み込んでいて、真琴はそれに暫し見惚れた。
 自分自身の意思が弱く、無感動に見えて、その実たくさんの思いを胸に秘めている。
 静かに全てを受け流しているように見えて、悩んでもがいて、それでも歌に対する情熱を絶やすことなく手を伸ばし続けている。
 静と動、そんな一見しただけでは分からない彼の性質に気が付いてから、真琴は彼から目を離すことが出来なくなっていた。
 高良京は来栖真琴にとって、ある種似た空気を持ちながらも一番正反対の所に立っている存在だった。
 音楽を趣味と割り切り、許容した範囲で最高のものを作り上げようとする真琴とは、根底にあるものの温度が違っていた。
 メジャーデビューを目指すレイともまた違う、京の歌そのものに対する強い感情。
 彼にとって歌うこととは何なのか、何が彼を掻き立てるのか、 芽生えた些細な興味は時折思い出したように顔を覗かせたが、ふと疑問に思う程度の話だった。

 あの日、潰えたメジャーデビューから再生する為の新曲を、京が歌うまでは。

 歌えないと首を振る京を、誰もが食い入るように見つめた。
 珍しく動揺を見せる進と、焦りを抑えられないレイ。彼ら二人に声をかけられても京は何かを見失ったように立ち尽くしたままだった。
 真琴自身何事かと戸惑ったが、彼らよりは多少早く冷静になれる余裕があった。
 真琴は落ち着いた頭でふいになるであろうメジャーデビューのこと、そしてあれほど歌うことに自己を注いでいた男が歌えないと首を振る、その意味と重みを考えていた。
 しかし考えても思考は泥の中に沈むばかりで、何も見えてはこなかった。当然だ、京が何故歌えないというのか、その思いを誰も正確に理解することは出来ない。
 京自身が、彼らに伝えようとしない限り。
 真琴が最後に見た京の姿は、言葉少なに曲の相談をする姿でも、ステージに立って玲瓏とその声を響かせる姿でもなかった。
 ただ一人、ままならない何かに苦悩して一歩も動かない京の姿を横目に、真琴は控え室を後にするしかなかった。
 そのまま崩壊するかと思われたバンドは、ビギニング・Rに突如現れたデスティラールの演奏によって熱を取り戻した。
 このままでは終われない――そんな共通した意思の元再度集まった面々だったが、起爆剤のみでまとまるほど音楽は容易くはない。皆腹の底に滞留するもどかしさを持て余していた。クオリティを保った演奏に努める真琴にも、少なからず似た思いはあった。
 そんな中で進が持ってきた新曲はいい刺激になった。これが完成すれば、火をつけられた勢いのまま走り出し、早くもその炎が掻き消えそうなバンドに、新たな熱を加えることが出来るかもしれない。
 何故か詞がつけられていないその曲を、それでも皆念入りに作り上げて、初めて披露するデュエルギグに臨んだ。
 ライブは見事に盛り上がり、全員が心地良い達成感に満ちていた。 その一番の要因が新曲――実は京が書き始めたというその歌であることは、誰の目にも明白だった。
 ――気持ちは、伝わったか?
  終演後、皆の顔を見て、京が尋ねた。覚めやらない興奮を漂わせる晴れやかな表情の隙間、瞳の奥にほんの少しの躊躇いを垣間見て、真琴は京の歌に対する認識に初めて触れた。
 京にとって歌は、自分自身を伝える為の手段でもあったのだ。
 言葉や態度では伝わらない、伝えられない思いを歌に乗せる。今までずっと、メジャーデビューが決まった時も、それが失われた時も語られなかった気持ちが今、京の口から語られている。京が作り始めた曲に沿って。
 もちろんそれは全てではない。あの日首を横に振った京の真意を、理解した訳ではない。
 しかし京は自らひらいてみせた。 歌に思いを全て込めていること、そしてその思いを今日、まず第一に向けたかったのは他でもない、同じバンドの――OSIRISの全員であることを。
 上手く伝わらないかもしれない、またバラバラと離れていくかもしれない。
 そんな不安を躊躇いにして滲ませながらも 皆の顔を真正面から見つめる京と目が合い、真琴は視線を逸らすことができなかった。 まだ終わらせられない。そう思い直すと同時に、踏み込んできた京の思いに応えたいとも思った。それがベーシストとしてのプライドからくる衝動なのか、もっと別の何かなのか、すぐには判断がつかなかった。ただこの時から真琴は京を見続けた。
 ――意思が弱く、無感動に見えて、その実たくさんの思いを胸に秘めている。
 静かに全てを受け流しているように見えて、悩んでもがいて、それでも歌に対する情熱を絶やすことなく手を伸ばし続けている。
 確かに高良京は来栖真琴にとって、似た空気を持ちながらも一番正反対の所に立っている存在だった。
 だからこそ京の決して器用とは言えない進み方が、真琴にとっては新鮮で色濃く脳裏に焼き付いた。
 結論から言えば些細な興味だったものは強い関心に変わり、やがてそれはもっと心の深いところへ入り込む感情になるのだが、真琴が自覚をしたのはもう少し後のことだった。

 詞が書けないと言う京の顔は、歌えないと告げたあの時と似ていたが、少し違って見えた。
 新たな可能性を、とレイが持ち込んだその曲は、京が歌ってきたどんな曲とも毛色が違っていた。
 突き放された京がスタジオを出ていき、三人で音を合わせる。
 耳に残るドラムのリズムと共に連なっていく音色は美しく抒情的で、新たなバンドの始まりを予感させる曲だった。
 完成された曲を演奏したい。そう強く思ったものの、戸惑いを全身に漂わせた京の姿が目に浮かんで首を振る。ただ真琴は漠然と、京がこれで終わる筈がないとも思っていた。
 以前の京ならおそらく、もっと削ぎ落とした言葉で詞が書けないと伝えていただろう。それで終わらなかったのは京がまだ、自らの心を見限っていない証拠だった。
 それでも自分には無いものだから詞が書けないという理由は、真っ当に聞こえるが逃げであることに変わりはなかった。
 結局、逃げずに向き合おうとした京が選んだ手段――全員で訪れた遊園地には流石に辟易したが、はしゃぐレイや何だかんだ楽しんでいる進に連れ添い、探り探りといった風に遊び回る京の姿はなかなかに興味深かった。
 いい年をした大人達は閉園ギリギリまでその遊園地に居座り続けた。日が落ち、電飾で飾られた園内を並んで男四人で歩いているとそれだけで目立つがいい加減人の目にも慣れてくる。
 ただそれ以上の疲労感が身体を苛んでいて気怠く、足取りは重かった。
 メジャーデビューしたらこんな場所に四人でなんて来られない、ある意味いい記念にもなったなと斜め上の感想を洩らすレイに言い返す気力もない。
 足を引きずるように出口を目指し歩き続ける途中、京の視線があるものに注がれていることに気が付いた。
 円を描くように回る作り物の馬と京の顔を交互に盗み見て、真琴はもしかして乗りたいんですかと訊きかけてやめた。まさかとは思うがレイの耳に入りでもしたら、一も二もなく引き摺られかねない。それになにより、容易に話しかけられない独特の雰囲気が京を包んでいた。
 真琴は言いかけた唇を引き結び、注がれる視線の先にあるものと京をまた交互に見て、最後は京だけにずっと視線を向けていた。
 メリーゴーラウンド。まばゆい光を振りまきながら回るあの遊具を、大人になってまた改めて目にした彼は 一体どんなことを考えたのか。あるいは昔、彼がもっと幼い頃の記憶に思いを馳せていたのか。
 どちらにせよレイが作ったメロディに彼なりの答えを乗せて詞を書いた京は、まっすぐに届く声でその曲を歌い上げた。ためらいなく、素直に良いステージだと言えた。
 何でも歌ってやる、そう口にする京の横顔は静かな炎を抱いて揺らめいているように見えた。
 絞られたライブハウスの照明の下、そう見える筈がないのに、強い意思を宿した瞳が星のように瞬いた気がして、真琴は小さく息を飲む。見間違いではなかった。
 ――光が、差し込んだのだ。京にも、バンドそのものにも、消えない一閃の光が差し込み、行く先を照らしだしている。
 目の眩むような光を携えながら、不似合いなほど不器用な笑みを浮かべる京を見た瞬間、真琴は彼から目が離せなくなっている己を自覚した。


 微かに呻く声を聞いて、真琴は沈んでいた意識を浮上させて再度見下ろしている京の姿を眺めた。
 今でこそ京とこういった関係に落ち着いてはいるが、そこに至るまでにはかなりの苦労があった。
 恋愛事――だけでなく、そもそも対人関係全般において積極的とは言い難い京が相手というのもあったが、そもそも真琴には伝える気が無かった。
 同性、同じバンドメンバー、しかもそのバンドは再スタートを切ったばかりのタイミングだ。 躊躇う理由は山ほどあれど、踏み込むきっかけは無いに等しかった。
 そう、理解しながらも割り切れないのが感情の厄介な所だ。真琴は人知れず葛藤と衝動を抱え込み、思いを燻らせていた。伝える気がないだけで、そもそもの気持ちを断ち切る訳ではない。
 こんなことをいつまでも続けてはいられないと言い聞かせながらも感情は先走り、筋違いの独占欲が真琴を苦しめた。
 普通は女の子を誘うもんだ、そう悠々と言い放った少し前の自分の口を、無理やりにでも塞いでしまいたいとさえ思った。もしそれがあっさり実現していたとしたらと想像してぞっとする。
 そこまで考えた所で最早後戻りが出来ないところまできていると思い知り、諦めを噛み締めていた、その頃だった。
 偶然スタジオを出るタイミングが重なった京が、外に出た瞬間静かに訊いてきた。
 ――勘違いなら、申し訳ないんだが。
「真琴は最近、よくオレを見ていないか?」
 突然の指摘に言葉が出なかった。真琴は混乱した頭で取り繕う文句を探したが見つからず、結局思うままに口にしていた。
 見ているだけじゃない、考えてもいる。何ならこの頃は頭を休めようとするとあなたの顔がちらついて、ちっとも休息にならないんですどうにかしてくれませんか。
 立て板に水の如く一方的に話す真琴にも京は動じることなく頷いて、そうかよかったとだけ呟いた。
 よかった?何が?そう聞き返す前に京は微かに笑って、呆気にとられる真琴に向かって言い放つ。
「オレだけじゃなかったんだな」

 再度落ちていた意識を引き戻し、真琴はそっとベッドの縁に腰掛けた。
 むず痒い回想に浸ってしまった自分を叱咤するに深く息を吐き、名前を呼ぼうとした。
 しかしその前に閉じられていた瞳が開かれ、焦点が合い、真琴をとらえた。
「……真琴」
 ――何よりもまず、彼の声に紡がれるのが自分の名前であることに、真琴は自分でも驚くほどに満たされる。
「京さん、もう朝です。そろそろ起きてもらえますか」
 毅然とした声をつくるつもりが、出てきたのは存外柔らかな響きだった。
 案の定、目を瞬いた京は、真琴の言葉に小さく頷いたものの、起き上がろうとはしない。
 眠気を引き摺っている訳ではなさそうだったが、すぐさま心地良いベッドから出る気にはなれないといった所だろうか。
 自分の言い方に難があったことを再確認した真琴は、仕方ない、これは僕の失態だと苦笑して
身体を捻って窓へと手を伸ばした。
「カーテン、開けますよ。朝日に当たれば、体内時計がリセットされて頭も――」
「真琴」
 呼ばれた名前に再度向き直ると、京は何かを言いかけるような、言いよどむような複雑な顔つきをしていた。
 何ですか、と聞きかけて止める。こういう時の京は待った方が率直な思いを口にしてくれる。真琴は黙ったままその目を見つめた。
「……もう、開けるのか」
 そっと問いかけられて返答に窮する。開ける、というのは今真琴が掴もうとしているカーテンのことだろうが、その真意が読めなかった。
 やはりまだ寝かせてほしいという訴えだろうか。いや、それにしては視線の強さが気になる。
 そんな風に思考を巡らせていた真琴は、京の閉じられることなく薄く開かれた唇にふと気がついた。
 ――確証はない。が、言葉にして聞き返すのは流石に無粋だろうと思い直して、横たわる身体に覆い被さるように身を屈める。
 影を負った瞳はまっすぐ真琴を見据えている。静かに息を吐き出してから、ベッドのスプリングを撓ませて真琴は京に口付けた。
 触れるだけのそれをすぐに終わらせ、京の横に肘をついたまま至近距離でその顔を見る。
 表情に大きな変化は無いものの、虚をつかれたという訳でもないらしく、真琴は瞳の奥を覗き込みながら問いかけた。
「正直あまり自信がないんですが、僕の推測は当たっていましたか」
「――ああ。当たっている」
 静かな声だ。加えてともすれば不遜と取られかねない、簡素な答え。
 ただその声の端がそうと分かってしまう程満足げに緩められているから、言い表せない思いでいっぱいになる。
「そうですか。それは……よかったです」
 何と返したものかと逡巡して、結局そんな当たり障りの無い文句になってしまう。
 照れもあるがそれ以上に、押し寄せる感情に胸の中を埋められて言葉が見付からなかった。
 京とこういう関係になっても、彼の意図することを容易に推し量れる訳ではない。ただほんの少しの差――声の響きや笑い方、仕草に、真琴に対する京の思いが惜しみなく込められていることは知っていた。
 だから真琴はその一つ一つを拾い上げて自分なりの回答を探す。合っていることも、違っていることもあったが、苦にはならなかった。頭を使うことには慣れている。
 ――尤も今のこれに関しては実のところ予想半分、期待半分だったことは黙っておく。
 息を吐き、頭の中を強引に切り替えて、真琴は京から身体を離して起き上がった。
 いい加減ベッドから離れて、とっくに冷めてしまっているであろう湯をもう一度沸かさなければならない。
 京のために。
「さあ、もう開けてもいいですね」
「……いや……まだ、もう少し」
 しかしながら今度こそ了承されると思いきやさらりと首を横に振られて、真琴は面食らった。思わず窘めるような視線を寄越す真琴にも、京は悪びれることなく真剣な顔を向けてくる。
「……京、あなたこれからバイトじゃないんですか」
「シフトは昼からだ。真琴も、午前の授業は無いんじゃないのか」
 淡々と並べられる予定に言葉に詰まる。確かに言われた通りだった。
 昨夜、真琴の部屋に来る前に交わした会話で互いに確認済みだ。だから真琴は京を部屋に呼んでいるし、普段より短い睡眠時間になったことも許容している。
 自らのペースを乱されることを一番厭う真琴に、京が無理矢理立ち入ってくることはない。
 そう、言ってしまえば全ては戯れなのだ。急かされることのない緩やかな時間の中で繰り返される、他愛無いやりとり。
 そんなある意味では不毛な空気を壊さないのは京も、真琴自身も、このひと時を心から愛おしんでいるからに他ならなかった。
 掴んでいたカーテンをあっさり手放した自分にほとほと呆れ返って、真琴は再びベッドの端へ腰を落ち着ける。熱に浮かれているのはお互いさまだ。
 仕様のない、と呟いた低い声が一体自分と相手どちらに向けられているのかも分からない。
 漸く身体を起こした京がじっと視線を向けてくる。伸ばした指先で顎に触れ、そっと柔らかく撫で擦ってから触れたばかりの唇にまたキスをした。下唇を甘く挟んで吸うと、僅かに顔を出した舌先が誘うように唇をつついてくる。
 本当に仕様のない、と真琴は一人胸の内でもう一度繰り返して、強請る舌に応じて薄く口を開いた。
 万が一にでも傷などつけることのないよう慎重に、それでいて貪欲に口内を舐めて味わう。
 ぴたりと唇を重ね合わせたまま顎に添えた手で上を向かせれば、重力に従って混じり合った唾液が京の中へと注がれていく。喉がこくりと動く気配を感じた。
 唇が離れても名残を惜しむかのように絡んでいた舌を何度か擦り合わせて、やっとのことで解放する。
 去り際に顎から耳の下へと指を滑らせて撫ぜると、京が微かに身じろいだ。
「……っ、あ……」
 話す時よりも更に低い、吐息交じりの声。感じ入った京が堪えきれず洩らす喘ぎはこんな風に掠れた低音で、いつ聞いてもはっとするほどの艶を帯びていて言葉を失う。
 下手をすればついでとばかりに失いそうになる理性を思いながらも態度には出さず、真琴は息だけで笑って今度こそカーテンを開け放った。
 眩しい朝の光が部屋の中に満ちて、京はそれを目を細めて浴びる。しがらみから解き放たれたその澄んだ横顔を眺めながら、真琴はずっと言いそびれていた言葉を口にした。
「おはようございます、京さん」
「ああ、おはよう、真琴」

朝を迎える