Answer
「じゃあ、貴方があのコジロウ・シノミヤ?」
四宮の隣に座った女性は、綺麗に整えられた爪をやんわりと唇に触れさせて小首を傾げた。
緩く整えられた髪が首を撫ぜるように降りて胸元へと滑っている。パールホワイトの上品かつ優美な生地は彼女の身体を緩やかに包み込み、曲線美をこれでもかと主張していた。
パリに立つホテルのバーラウンジ、その一角で四宮は傍らに気品溢れる美女を、
そして右手には芳醇な香りを放つワインを携えていた。絞られた照明の中で所々ブルーのコーブライトが光り、幻想的なパリの夜を作り上げている。
「そう、今や八区に無くてはならない存在となったSHINO'Sを作り上げた男だ。かくいうわたしも彼の魔法の虜でね」
四宮の正面に座った恰幅の良い男性は、四宮と自分へ交互に注がれる賛美の視線を、満足げに受け止めて顎を撫でた。
広大な土地をいくつか所有し、農地として活用するその男は公私共にSHINO'Sと繋がりがあった。客としてその料理の魅力に惹かれたのをきっかけに、流通の融通や新たな市場の情報提供といった深い関係を築くに至っている。
そんな相手に誘われた一夜といえば、つまるところまるきりプライベートと言い切れるものではない。案の定彼の知人だという初対面の女性と席を共にし、社交と個人的興味が入り混じる複雑な酒を飲み干している。
控えめな微笑みを浮かべながら、四宮はグラスをゆっくりと傾けた。当然ながら上質なワインだ。複雑な酒ではあるが、その味が素晴らしいことに変わりはない。
しかしながらワインの味わいというものはつくづく広く深いと思う。渡仏して十年以上経ち、馴染み深いデイリーワインからボルドー、ブルゴーニュにトスカーナ、南米。様々なワインに触れてきたが、飲む度に新鮮な味わいを感じる。
底の知れない、際限なく広がる魅力というものは人を酔わせて離さないのだ。そういったもの――あるいは、"人"は、確かに存在する。
酒は決して弱くない。よく言われる故郷の風土が影響したのか、はたまた生来からの体質かは分からないが、意図的に深酒をしようとしない限り、酷い酔い方をした経験はなかった。
しかしそれとは別に――不本意極まりないのだが、程好く酔いが回り始めた頭は近頃、ある人物の存在を考え続ける節があった。
視界の端に見覚えのある赤がちらついた気がして四宮は顔を上げる。
しかし光を反射してきらめいたのは彼女の耳に飾られた小さなピアスだった。苛立ちと気まずさでつい苦みの滲む表情を浮かべる四宮に、女性は何を思ったか、口元にあてた指を自然な仕草で下ろして微笑んだ。
「是非わたしも伺いたいわ……あの素晴らしいテーブルのことを考えるだけで胸が疼くの」
「八区の魔術師にかかれば、イメージだけで彼女も骨抜きのようだ。君も罪深いなコジロウ」
耳を擽る熱を持った女性の囁きに、男性は参ったとばかりに両手を上げて唇を緩める。
四宮は今度こそ表情を変えず、さり気なく男性を立てつつ女性の来訪も心待ちにしていると答えた。
素晴らしい酒の席は穏やかに終わり、二人を見送ったところで四宮はようやく深い息を吐い
た。
早々にタクシーを捕まえて帰路に着く。窓越しに見慣れたパリの夜が速度を上げて流れてい
た。
部屋で飲みなおすか、はたまたもはやそれほど残っていないアルコールを抜きつつ休むか四宮は未だ決めかねていた。いずれにせよどちからに振り直さないと、感情を持て余すことになるのは目に見えている。
近々の予定に考えを巡らせながらも、指は自然とスマートフォンの画面に触れていた。
特に何をする訳ではない。感覚的には傍らに置いている愛読書のページを捲るようなそれだった。
表示されたメッセージアプリの名前を眺めて暫し動きを止める。もちろん発信するつもりはない。何かを期待するようなこともなく、ただ自分の気持ちをそこに寄せて、心を落ち着ける。
深く息を吐きだし、四宮は眼鏡を外して眉間を押さえた。やはり酔っているのか、いやまさ
か。
最早既に持て余しかけている感情をもう一度息を吐いて宥めて、うんざりしながらも自覚す
る。いや、とうに自覚はしていたが、おいそれと言葉にできるかといえば話は別である。
――考えてもみろ。三十も過ぎて、十以上年下の男に骨抜きにされているなんてそう易々と口に出来たものじゃない。
この俺が。そう、この俺が!
視界の端に、いつの間にか馴染みのある景色が流れていた。車は自宅に程近い通りへ差し掛かっている。
外していた眼鏡をかけ直して、四宮はシートに沈ませていた身体を起こした。今夜はもうシャワーを浴びて早々に休むべきだと自らを律する。感情の行き先について思案するのは、夜が明けてからの方がいい。
そう言い聞かせるように思い直してからタクシーを降り、四宮は自室への階段を上り始めた。
一夜明け、当然ながら思考はフラットな状態に戻っていた。
しかしながらいずれにせよそろそろ連絡を、等と送る準備をしていた矢先にきたメッセージには、四宮も流石に動揺せざるを得なかった。
加えてその文面が「時間が空いた時に電話をもらいたい」というあまり見ない内容だったこともあり、四宮は特にためらうことなくその場で発信アイコンに触れていた。
午前七時、自室でメールチェックをしながらのコールに、相手は三度目の呼び出し音を遮って応じた。
「――もしもし」
「どうした」
「先に連絡しなくてすんません。都合で寄ることになったんすけど、時間ってとってもらえそうっすか?明日……えーっとそっちのタイミングだと明日の夕方頃には空港に着きます」
電話越しに聞こえてくるのは、よく通るはきはきとした声だった。しかしその声が伝える肝心の内容に頭が追い付いていかない。
――等と、もっともらしい言い分を並べながらも、四宮は半ば理解しかけている相手の意図を確定させるべく繰り返す。
「空港?いや、そもそもお前そっちって……どこの空港だ?」
「どこってそりゃ――」
シャルル・ド・ゴールっすけど。
――ロワシー、 CDG。
別名をいくつ思い浮かべようが示される場所に変わりはない。
突如現れた思ってもみない好機に、四宮が用意できる答えなど一つしかなかった。
「お久しぶりっす」
「……ああ」
まったく気取らない自然な挨拶に、つい間の抜けた声が出る。
パリ八区、日本から来た四宮小次郎の原点であり一つの到達点でもあるその場所、「SHINO'S」に幸平創真は変わらない人好きのする笑顔を浮かべて立っていた。
連絡が来てから一日半、時間にして40時間足らずでこの状況だ。喜ばしいことだが多少戸惑いが残るのも致し方ない。
顔を見たのはひと月程前のテレビ電話、直接会ったのは四か月前の一晩だった。
互いに何かと多忙ではあるし、気質的にもそう頻繁に顔を合わせようとすることはなかった故だったが、もちろん距離が遠くなったという訳ではない。
言ってしまえば一昨日の酒席以前から、どうにもタイミングが合わず、本来の想定以上に間が空いている現状を気にしてもいた。このまま進めば近くに控えた四宮の誕生日に合わせるか、もしくはそれも見送らざるを得ない可能性も頭にはあった。
そして結局のところおそらく創真も同じように気にしていたからこそ、こちらの予定を確認した上で隙間の時間を使って会いに来ているのだろう。
荷物ごとSHINO'Sに訪れた創真をとりあえず事務室へ迎え入れる。
これから以前パリで世話になった人物のところへ挨拶に行くという相手の為にコーヒーを淹れてやり、先に荷物を置きに行けるよう自宅の鍵を渡した。
革張りのソファに腰かけた創真は、至極楽しげに近況を話していた。疲れは確かにあるようだが、それ以上に高揚した様子で思いつくままにあれこれと口にしている。
四宮はといえばヴィンテージデスクの傍らに立ったまま、その活気溢れる姿を眺めていた。
「いやー本店久しぶりっすね。あ、この間記事で見たシソの新作が気になってたんすよ」
「ディナーの予約なら埋まってるぞ」
「分かってますよ。大丈夫っす、今度ちゃんと予約入れてお邪魔するんで」
しかしながら心得ているとばかりの明るい反応には流石に気が抜けた。
まっすぐな精神がそのままなのは好ましいが、相変わらず意図するところがすんなり伝わっていかないのには困ったものだった。
それなりに月日を重ねて、要領を得た節もあった。しかしながら結局のところストレートな物言いほど相手に響くものはないと、四宮自身何度も思い知らされている。
「……分かってねえだろ」
「へ?」
「時間に余裕があるなら明日席を用意してやる。だから今日ぐらいは諦めろ」
腰かけた創真に近付き、ソファの背に手をついて身を屈める。
上から覗き込むようにして見つめられ、その程近い距離に、創真はやっと意図の端を掴んだようだった。
道を進む料理人としての姿勢ではなく、ただ一人、心を許した相手としての答えを求めてい
る。
「――今日ぐらいは、大人しく連れ込まれてろって言ってるんだよ」
見上げる創真の目が揺れる。室内の湿度が上がるような感覚はそのまま、濃い色を匂わせる空気と直結している。
無論それをあまり引きずる訳にもいかない。四宮は何事も無かったように身体を離して、人肌程度になったコーヒーを口にした。
上品な苦みが神経を落ち着かせていく。軽く固まっていた創真も、暫しの間の後倣ってカップを持ち上げる。
目が合って、その打って変わって少し気まずそうな表情に四宮は小さく笑みをこぼした。慣れて覚えて、学んだとしてもまだ甘い。しかしながらその甘さがどうにも愛おしく、構わずにはいられないのもまた事実だった。
「座ってろ。何か持って行ってやる」
「――え、あ、うっす」
SHINO'S営業終了後、待ち合わせていた創真と共に自宅へと帰ってきた。互いに食事は済ませていたため、特に寄り道をすることなくまっすぐ帰路に着いた。
創真の様子は夕方と特に変わらず、市街で見かけたバゲットサンドの話や、それから繋がったバゲットコンクールの話題など取り留めのない話をしていた。
快活な姿を見せてはいたが、流石に疲れが押し寄せてきたのか、ぼんやりと視線をさ迷わせる瞬間も何度かあった。
自室へ迎え入れた創真をリビングのソファへ座らせ、とりあえず温かいものを用意してやろうとキッチンへ立った。
ケトルで湯を沸かしながらカウンター越しに創真の様子を伺う。ソファに背を預け、小さく欠伸をする様は先ほどとは打って変わってやたらと幼く見えた。
そんな姿を見せられると、早々に風呂場へ押し込んで休ませねばと保護者めいた感情が浮かんでくる。ソファで眠らせてやってもいいが、明日の体調を思えばベッドに向かうのが最良だろ
う。
淹れた飲み物を手に、ソファで寛ぐ創真へ歩み寄る。手前のローデスクにカップを置いてか
ら、四宮は少し身を屈めて眠たげに揺れる頭に触れた。他愛ない触れ合いのつもりだった。
しかしながらそれまではぼんやりと四宮の動きを目で追っていた創真が、その瞬間びくりと派手に身じろぎして姿勢を正した。これには四宮も不意を突かれて固まるしかなかった。
殆ど眠りに落ちかけていたところを驚かせたか。悪かったと口にしてから触れていた手を離すと、創真はぶんぶんと勢いよく首を横に振って違うっす、と小さく呟いた。
視線がぶつかる。こちらを見上げる創真の瞳はどこか真剣で、何故か熱を帯びてもいた。その様子に見覚えがないこともない。
大体を察した四宮は溜息をこぼして、創真の隣に腰掛けた。途端にじわりと滲むような緊張感が傍らから伝わってくる。
何と言ったものかと考えを巡らせながらも、とりあえず先ほどの続きとばかりに肩から抱き寄せるようにして頭へ手を置いた。
少し熱く感じる頭頂部をくしゃりと撫でて、乱れた髪を整える。その動きには先ほど創真が匂わせたような熱というより、労りと優しさが込められていた。
されるがままだった創真が小さく息を吐く。どうやら気が緩んできたらしい。
散々撫でつけた頭を解放して隣を伺うと、目が覚めた様子の瞳がじっとこちらをとらえてい
た。
「……寝るか?」
「いや、大丈夫っすよ。もう覚めたんで。つーか、いいんすか」
何が、と訊いて濁す気はなかった。
相手がベッドに入る入らないの話をしているのは明白で、それが四宮の行動から意識しているものだというのも分かり切っている。
あそこまではっきりさせた上、文字通り大人しく連れ込まれた状況で、ある程度構えるのは当然だった。
それでも悠々とできるほど余裕があるかといえばそうではなく、落ち着かない感情を隠し切れていないのも、目を見れば分かる。
期待と、不安に揺れる瞳に見つめられると正直苦しいところではある。ただ前提として本意は伝えておくべきだとも思っていた。
「あれは別に、その意味だけじゃねえよ」
「そうなんすか?いやだって、ああいう言い方するってことは、もしかしてめちゃくちゃやる気なのかなって。そう思ったら俺なんか緊張して」
「……さっさとプライベートな空間に行きたかっただけだ」
「あ、そういうことっすか」
一人で深読みをしてしまったと、恥じ入るように頭を掻く様を横目で見つつカップを持ち上げる。
なんか恥ずかしいっすねなどと言いながら、創真も四宮に倣ってカップに手を伸ばそうとす
る。その気の緩んだ柔い姿に、四宮は殆ど無意識に創真の肩へ腕を回していた。
指の背を、首筋に触れさせて滑らせる。肌の薄いところを擽るその動きに、創真の身体は分かりやすく揺れた。
親指を少し動かして、耳朶に触れるか触れないかのところで止めると、堪らずといった風に声が漏れる。
「……ん」
「どうした」
「い、やちょっと、くすぐったかったっす」
甘く笑うその姿に、一度遠ざけた熱が一気に形を持つ。首を支えて身を寄せると、その動きを呼んでいたかのように顔が四宮に向けられた。
水気を湛えた瞳が揺れる。微かに傾く身体はキスを求める仕草だったが、そのまま口付ける前に問いかける。
無論、元々はその意味だけはなかった。
しかしながらその意味を含んでいないとは言っていない。
「――めちゃくちゃやるか?」
唇が触れそうな距離でそう囁けば、吐き出された息がはっきりと震えた。
「……っ、う、あ……っも、腰、立たね、って……っ」
珍しく泣き言を言う背中に身体を寄せ、言葉通り今にもくずおれそうな腰を引き寄せて深く入り込む。
少し前までは自分で腰を揺すってもいたが、今や後背位で貫かれるがままに創真は止まらない喘ぎを零していた。
自分は一度、相手は射精を伴わないものも含めて恐らくニ度達している。
普段のそれと比べて遥かに濃度の高いセックスに、創真は自身が思った以上に溺れているようだった。
「……っ、おい」
「ん、な、んか……っ今日、ヤバいっす、あ、あ、」
途切れた喘ぎと共にびくびくと下半身が震える。再び軽い絶頂に至ったであろう身体から一度抜け出て、伏せている身体を反転させる。
むき出しの胸を上下させて熱い息を吐き出す唇に、その吐息ごと飲み込むように口付けた。
「う、ん……っあ、……っ、う……あ、」
一度唇を離すと物欲しげな視線が宙を彷徨う。開かれた口の中から濡れた舌が覗いて、生々しく蠱惑的な光景に下半身が痺れた。強請られるままに再度舌を絡めて吸い付く。
くちゅくちゅと濃密な音を立てて交わされる深いキスと共に肌を撫でられて、創真は苦しいほどの快感に全身を震わせた。
「あ……っう、ん……っ、し、の、……っう、あ!」
唇から頬、首と辿って乳首を噛む。濡れた熱い舌で全体を包むように吸い付くと、感じ入った太腿が更なる快感を求めるように四宮の裸身にすり寄せられる。
「も、また、いく、いく、から、あっ……っ、う、ん……っ」
「……から?」
「……っはいっ、て、ねーのに……っいきたくない、……っ、つーか……っあっ、う、あ……っ!」
ただ快感を追うだけではなく、四宮自身を貪欲に求めようとする様にどうしようもなく煽られる。
張り詰めて濡れそぼる性器を擦り上げて、更に圧し掛かるようにして四宮は再びその中に押し入った。
鼻先で擽りながら熱を持つ耳朶を探し出して深く息を吐く。鼓膜に絡むその微かに声の混じる吐息に、創真の四肢が逃げ場を求めてのたうつ。
「っ、ン……っそれ、あ……っ、ん!」
「……何だ」
「……うー、やべ、ぞくぞく、くる……っん、ん」
耳を責められるのが殊更良いらしく、創真は細く喘ぎながら四宮の背を掻き抱いた。
「……っ幸平、」
「っふ、あっ!あ、あ、耳、やば……っあ、う、……っあ、あ、」
湿らせた声で名前を呼び、真っ赤に染まった耳に吹きかけるように吐息を絡ませる。
唇を押し当てて軽い音を立てながらキスを繰り返せば、押し寄せる絶頂に創真は全身を震わせた。
「ン、あ、むり……っもう、いく、また、いく――」
「このままいけよ……っ」
「う、あ、でる、いく、あ、あ……っ!」
ぴたりと身体を重ね合わせて絶頂に押し上げる。直接触れられることなく達した創真の性器からとろとろと精液が流れ出た。収縮する体内の動きに合わせて、四宮も奥で達する。
濃い交わりを繰り返し過ぎて流石に身体が重い。心地良い倦怠感を覚えながらも身体を起こ
し、避妊具の始末をしてから糸が切れたように四肢を投げ出す創真に覆い被さった。
熱い息を吐き出しながら弾む肩に口付けて、ついでとばかりに散々責めた耳にも唇を寄せる。
柔らかく熱を持つ耳朶に歯を立ててから、再び音を立ててキスをした。あ、と漏れ出た声が未だ隠しきれない欲に濡れていて、四宮は微かに笑った。
「も、むりっす……たたねえ」
「だろうな――水持ってきてやる。待ってろ」
脱ぎ捨てた衣服を適当に身に着けて立ち上がる。冷蔵庫から取り出した水のボトルを二つと、タオルも数枚手にしてベッドルームへ戻った。
まだ身を投げ出したままだと思っていた創真は予想に反して身体を起こしていた。
ベッドへ腰掛け、甲斐甲斐しく蓋を開けてやってから水のボトルを渡すと、一息で三分の一程を飲み干した。勢いよく動く喉の動きを横目で眺めながら四宮も水に口をつけようとする。
しかしその前に伸びてきた手に顔を引き寄せられて口付けられる。
お礼だとでも言わんばかりのその行為を素直に受け取って口付けを深くした。首に手を掛けて引き寄せ、水の味がする口内を探ると、意図を察して懸命に舌を吸ってくる。
じわじわと再び上がる熱を思いながらも唇を離す。濡れた口の端を指先で拭って髪を撫で付けた。
「慣れたもんだな」
「そりゃ……っ、きっちり教えて、もらったんで」
微かに乱れた息で創真は笑う。確かにキスの仕掛け方も応じ方も教えたといえるのは四宮だった。
否、教えるつもりはなかったが、結果的に与えることになった。――与えることになった、最初で唯一の人間になった。
何とも言えない思いで四宮は今度こそ水を口にして、ボトルを傍らのサイドチェストの上へと置いた。
空いた手で投げ出された創真の足へ触れる。太腿の辺りに落ちた水滴を冷えた指先で拭えば、その微かな刺激にも達してすぐの身体は反応を示した。
びくりと身動ぎする素直な姿に指を更に滑らせていく。内股の際どい部分を指の腹で押し込むと、柔らかく沈む感触と共にくぐもった声が漏れ出す。余韻があるとはいえ、いつも以上に敏感な身体だ。
緩く漂う雰囲気は今にもまた火を点しそうなそれだが、流石にそこまで無茶をする気にはなれない。ただ快感に浸りきった身体を無防備に晒す姿に、満たされるものを感じていた。
求める欲だけではなく、心の深いところの渇きを埋めるように思いが満ちていく。乱れた髪をそっと撫でつけてやると、心地良さげな瞳が柔らかく揺れた。
そのまま微睡みに身を委ねさせてやるつもりではあったが、流石に少し汗や汚れを拭ってやらないと辛いだろうと腰を浮かす。
「……あ、そうだ誕生日!スケジュールとかどうなってます?今年はどうすっかなって」
温めた濡れタオルを用意しようと立ち上がりかけた四宮は、突然覚醒したようにはっきりとした声を上げる創真に驚いて動きを止めた。
言わんとしているのは近づいている四宮の誕生日のことだろうが答えに詰まる。てっきり今回の来訪がそれにあたると思っていた手前、予想外の提案に戸惑いを隠し切れなかった。
「これがその前倒しじゃねえのか」
「いやいや、別で考えてますよ!今回は俺のわがままなんで」
もちろん師匠の都合が合えばっすけど。
そう朗らかに笑われてはもう何も言えない。言葉の代わりに四宮は伸ばした手で、剥き出しの創真の身体を抱き締めた。
間違いない。認めざるを得ない。どこまでいってもこの男に自分は引き寄せられる。骨抜きどころの話じゃなかった。
「わがまま聞いてくれてあざっした」
「……ならこっちのオーダーも聞いてけよ」
「もちろんっすよ。ご注文は?」
少しずつ冷えていく体温を感じて、四宮は一度身体を離した。
ベッドの端に寄せていた上掛けを引っ張り上げ、創真の身体を包むように掛けてやり、その上からまた抱き締める。
「――丸一日、24時間空けるからお前も空けとけよ」
ベッドの中から伸びてきた手が四宮を引き寄せて、口付けと最高の答えを与えていった。